ビートルズの歌の無茶苦茶な「邦題」に見る、この国の翻訳の歴史

今振り返ると面白すぎる!?
片岡 義男 プロフィール

英語を片仮名書きにしただけ

「あいつがいれば、こいつもいるし」

「あまり凝った言いかたをしないでください」

と、彼の口調は明らかに僕を叱っていた。

「This Boyが『こいつ』です。そしてNowhere Manが『ひとりぼっちのあいつ』です」

「原題が片仮名書きされただけ、というものも、たくさんあるんだよ」

という僕の言葉に対して、彼は次のように言った。

「日本語が間に合わなくなったからです。日本国内で7インチ盤を送り出す側の日本語能力に、明らかに限界が見えてきた、という事実を単なる片仮名書きは示しています」

「やはりそうとらえるか」

「もともとごく近いところに限界があった上に、こんなもんでいいだろう、とたかをくくってますから、彼らのそれまでの日本語では言えないものが、急に大きく目の前に立ち上がったのです」

 

「片仮名書きすれは、それはそのとたん、日本語になるんだ。『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』は、日本語だよ」

「『プリーズ・プリーズ・ミー』から『キャント・バイ・ミー・ラヴ』、そして『ツイスト・アンド・シャウト』と、これはこれで際限がないですよ」

「全編を片仮名書きした旧約聖書、という冗談をかつて僕は書いたことがある。日本人なら誰でも読める旧約聖書、という冗談だよ」

「それに近いものがとっくに現実となってます。アスク・ミー・ホワイ。シー・ラヴズ・ユー。アイル・ゲット・ユー。フロム・ミー・トゥ・ユー。アンド・アイ・ラヴ・ハー」

「ザ・ビートルズの国内7インチ盤の題名は、日本語の限界を片仮名書きでなんとか補おうと試みる歴史でもあったわけだ。受け取る側にも変化があった、と僕はとらえる。邦題を嫌うようになったのさ。片仮名でいいから、原題のままにしておいてくれ、という変化さ」

「最後の国内7インチの題名をご存じですか」

「All You Need Is Loveだったかな」

「そうです。それが日本では『愛こそはすべて』なのです。Things We Said Todayが『今日の誓い』でした。I’ll Cry Insteadは『ぼくが泣く』でした。Everybody’s Trying To Be My Babyが『みんないい娘』でした。確かに、限界に来てましたね」