実を言うと、タリーズがモーテル経営者と接触したまさに同年1980年晩秋、私も似たような人物に出会っていた。
この年、念願だったフリーランスの物書き稼業に就いた私は、主戦場を男性週刊誌においていた。
副編集長から声をかけられ、東京ー埼玉を縦断するとある私鉄沿線の風俗レポートだった。
沿線駅周辺に妖しく花開く風俗店、ニュー風俗を探る、というもので、1週間かけて沿線の始発駅から終着駅までめぼしいピンクゾーンに潜入した。
北関東、東北から流れてきた女たちが集うトルコ風呂(当時の名称・現在はソープランド)であったり、当時興隆を極めたピンサロ、スナックに集う団地妻の不倫事情、といった内容だった。
そのなかでモーテル経営者との接触があった。
リアルな女の反応ぶりがカセットテープに録音され、好事家たちのあいだで密かに鑑賞する会があるという。
事情通のデスクから情報を得ると、私はさっそくモーテル経営者のもとに取材に飛んだ。
モーテルは人家にほど近い丘陵の中にあった。
彼はこの一帯の地主だった。
話を切り出すと、警戒されたのだろうか、「さあ、そんな話、よそのモーテルじゃないの?」ととぼけている。
50代のモーテル経営者はスコップをもつと、裏山に向かった。
私もあとを追う。
いかつい体のモーテル経営者はスコップで泥を掘り出した。
毎日、肉体労働をしているような手際の良さだ。
穴は見る間に大きくなっていく。
ふと私は、黒く空いた穴を見て、何やら不吉な予感がしてきた。裏山は人っ子一人見当たらず、野鳥が時折鳴いているだけだ。
「プライバシーは守りますから、ぜひお話を聞かせてもらえませんか?」
じっとり汗ばみながら何度か懇願しているうちに、モーテル経営者は警戒心をいくらか解いたのか作業をやめると、「こっち」と言った。
作業車の運転席をあけて、カセットテープを大量に入れた箱を取り出すと、そのなかから1本を抜き出し、車のオーディオセットに入れた。
しばらくすると、なにやら女性の声と衣擦れの音が聞こえてくる。
次第に女の声は大きくなり、悲鳴に近い声になった。
再生されているカセットテープにはあきらかに寝室の男女の本能的な行為が録音されていた。
途中まで聴かせるとモーテル経営者はカセットテープを取りだした。
カセットテープのラベルには「ナウな団地妻の浮気㈰」とマジックペンで書かれている。
「こんなのもあるよ」
そう言うと、モーテル経営者は「年増妻、やられる!」と書かれたカセットテープを再生しだした。
いきなり叫び声をあげる40代とおぼしき女。先ほどの男女の交接とは異なる、荒っぽい空気だ。
モーテル経営者は自身が経営するモーテルに入ってくる男女を受付で確認すると、盗聴装置を仕掛けてある部屋に誘導し、秘め事をこっそり盗み聞きするだけでなく録音までしていたのだった。
ゲイ・タリーズの本に登場するモーテル経営者も、覗き見した一部始終をノートに記録していたように、このての性癖がある男は何か記録物として手元に置きたがるのだろう。
まだ24歳だった私は驚き興奮した。