昭和の「スケバン」文化を語ろう!女番長はある種の最先端だった

ロングスカート、パーマ、カミソリ…
週刊現代 プロフィール

中野: あの頃は「女だから何々をしちゃいけない」とか「女のくせに」という意識が強い時代でした。社会に出て何かしたいと思っても選択肢はほとんどない。私が中3の頃も高校に進まない子はガソリンスタンドで働くか美容師くらいしか道がない。

そういう状況に対する不満やイライラがすごく強くて。今振り返るとスケバンはそうした現実への抵抗だったのかもしれないですね。

岩橋: スケバンは大人から見るとルールを守らないけしからん存在なんですが、決して無法者じゃなかった。先輩に対する礼儀はしっかりしているし、組織のルールは絶対に守る。実は真面目というか純粋なんです。

伊藤: スケバンの子たちのファッションが奇抜だったり化粧が個性的だったりしたのも、社会や学校に対する抗議の気持ちを表していたんですね。だから逆に言えば、奇抜で目立つものじゃないと意味がなかった。

私もお芝居とはいえ、不良の役をやって自分が自由になった気がして、すごく気持ちよかったのをよく覚えています。

中野: スケバンって家庭に問題を抱えている子も多かったから、逆に「親孝行」な部分もあるんです。自分が早く自立して「親に家を買ってやりたい」とか「妹に服を買ってやるのが夢だ」という話をしている子は大勢いました。自分で言うのも変ですが、根はいい子なんですよ。

 

伊藤: 当時のスケバンの人って見かけで「不良少女です」って主張していたじゃないですか。ところが今は、外見は普通なのに、いきなりナイフで刺したりする。

岩橋: 今の子は気に入らないやつがいても、直接ケンカせずに、ネットやLINEでいじめるなど陰湿ですよね。もちろん暴力を肯定するわけではないけど、学生時代にケンカの一つでもして、相手の痛みを知ることが、大切だと思うんです。今の教育はあまりにそれがないから、大人になってから苦労する。

中野: あの頃は確かに、幼いと言われればそうだったけど、真剣だったし、夢もあった。色々と制約の多い時代に、その中でも諦めずに頑張れば次に進めるチャンスがあると思えた。スケバンは女の子にとって、チャンスを掴むためのステップだったのかもしれません。

岩橋: 生まれ変わってもまたスケバンやりますか。

中野: もちろん。だってあの時代があったから、今の私があるわけで、スケバンは大切な「青春の一ページ」です。

伊藤かずえ(いとう・かずえ)
66年生まれ。女優。東映児童部研修所に入所し10代で子役デビュー。『不良少女とよばれて』や『乳姉妹』など数々の大映ドラマに出演した
ブル中野(ぶる・なかの)
68年生まれ。元女子プロレスラー。ダンプ松本と「極悪同盟」を結成し、悪役レスラーとして活躍した。引退後は東京・中野でバーを経営
岩橋健一郎(いわはし・けんいちろう)
66年生まれ。不良の生態を追い続けるジャーナリスト。青春時代は横浜の暴走族で名を馳せた。雑誌『チャンプロード』の創刊に携わる

「週刊現代」2017年3月25日・4月1日合併号より