昭和の「スケバン」文化を語ろう!女番長はある種の最先端だった

ロングスカート、パーマ、カミソリ…
週刊現代 プロフィール

伊藤: 私が演じた「カミソリマコ」は、カミソリの刃を二枚、指に挟んで相手の顔を斬りつけるのが得意技でした。二枚で斬られると当時の医療技術では縫合がうまくできず、一生傷が残ってしまうんです。

演じていて「いくらなんでも現実ではあり得ない」と思っていたら、ファンから「不良の子が本当にカミソリを持って追いかけてくるからやめてください」と手紙が来たことがありました。

中野: 私もカミソリをスカートの裾に忍ばせていたけど、「脅し」で見せるだけ。私たちのケンカはすべて素手で、武器は使いませんでした。第一、あんなもの指に挟んでいたら殴れないじゃないですか。

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岩橋: 当時の不良は刃物を出してケンカを始めるとヤバいとわかっていましたから。ちゃんと加減がわかっていた。スケバンは相手を倒して勢力を拡大することが目的で、全滅させるのが目的じゃない。そこが後の「チーマー」と決定的に違う点ですよ。

中野: ケンカでは、むしろ大けがをさせないように気をつけていました。例えば目が合うと「こいつビビッてるな」ってわかるんです。でも、向こうも周りの目があるから何もせずに逃げるわけにはいかない。そんな時は、パパッとすぐに「負かしてやる」んです。

伊藤: さすが、なんかもう格が違いますね。

中野: 私は中1の時にすでに身長が165cmあって、他の子より体も大きかったので、負ける気はしませんでしたね。

岩橋: でも、当時のスケバンは弱い者いじめは絶対にしなかった。逆に身内のためには命も張るのがスケバン。そこを勘違いしている人が多いですね。「スケ連」なんか、仲間の子がイタズラされた仕返しに暴力団事務所に徒党を組んで襲撃した伝説まである。

中野: それ、わかる。よその学校が攻めてきた時「うちの学校の子は全員私が守る」という気持ちでいましたよ。スケバン同士もケンカはするけど、勝負がついたらむしろ仲間意識が強まるんです。お互い真剣勝負で全部さらけ出して戦うからなんでしょうね。あの頃ケンカした子とは今でも友達です。

 

実は美人が多かった

伊藤: ドラマの中でも敵対した組織のリーダー同士が最後は理解し合って終わるんですよ。

そう言えば、ドラマの中でいとうまい子ちゃんとタイマン張る時に「勝負は、勝ったほうが、負けたほうの骨壺を蹴飛ばすまでさ」という大仰な台詞があるんですけど、それは単に執念深いということじゃなくて、中途半端な気持ちじゃないという宣誓なんですよね。

岩橋: あとスケバンは実は綺麗な人が多かった。男の不良より大人びて見えました。ブルさんも相当モテたんじゃないですか。

中野: 私、中1まではすごいモテたんですよ。当時人気アイドルだった伊藤つかさに似てるって、クラスの半分の男子からラブレターをもらったり。

ところが中2でスケバンになってからは一切男との縁が無くなりました。別に「恋愛禁止」とか決まりがあったわけじゃないんですけど。周りはみんな彼氏がいるのに私だけ一人身で、肩身が狭かったな。女子の後輩からはモテモテでしたけど。

伊藤: 私も『不良少女とよばれて』の時のファンレターは80%が女子でした。頼れる先輩と思われたんでしょうね。一度駅で電車を待っていたら遠くから明らかにスケバンの集団が近づいてきたことがあって、これは危険だなと思っていたら「握手してもらえますか」って敬語で言われて。私のこと本物の不良だと勘違いしていたんです。

不良の子たちから悩み相談も来るんですけど、実体験がないから答えられなかった。あれは申し訳なかったな。

岩橋: 不良というと、下級生をいじめるとか、カツアゲしておカネを奪うイメージもあるけど、当時のスケバンはそれもありませんでした。

中野: 他人に迷惑をかけることは絶対しないというのは決まりでしたから。あっ、今、思い出したけど、万引きはしたことがあります。中3で受験の時、落ちて泣いている子がいたんです。当時「合格」と書かれた消しゴムが人気で、それを文房具屋で全部万引きしてクラスで配ったことがありました。

伊藤: 友達思いなのはわかるけど、捕まったら大変ですよね。

岩橋: 率直に言えば、スケバンになっても得なことは何もないんです。校則違反すれば先生に殴られるし、親は呼び出される。

伊藤: 確かに先生や大人からは不良のレッテルを貼られていたけど、同世代の私たちからすると、どこかヒーロー的な部分がありました。