作者が明かす『罪の声』が15万部を突破するまでの「苦悶と戦略」

もう、「書けば終わり」ではない
塩田 武士 プロフィール

初めて手ごたえを感じた

3編集者の指摘は「テープの子ども」である曽根俊也に関することが多かった。連載原稿では、犯人捜しに気を取られていて、俊也の揺れ動く心理描写に説得力がなかったのだ。私は原稿中の俊也に関する情報を節ごとに分解して、A4用紙約20枚にまとめ直した。それらを仕事場の床一面に広げて過不足を見極めるのに9日。実際の改稿は4日で仕上げた。重圧と寝不足で口内炎が常に3つ以上あったため、ご飯を食べるのも億劫だったものの、納得のいく作品に生まれ変わったことで全てのストレスが吹き飛んだ。

タイトル変更の指示にも苦しんだが、新刊説明会で配るプルーフ作成直前に『罪の声』を捻り出した。プロローグとエピローグでその意味合いが変わる、作品の本質を表すラベルを貼りつけて「創作」を終えた。

5月26日に講談社で開かれた新刊説明会は、文字通り新刊発表の場だ。小説のほか、エッセイからコミックまでジャンルは幅広く、各書の著者や編集者らがその魅力をメディア関係者にPRする。そのため一冊当たりの持ち時間は5分弱で、10秒とて無駄にできないという緊張感があった。

冒頭で犯行に使われた子どもの音声を流した瞬間、場の空気が少し変わった。続いてスクリーンで本書の概要を説明し、もう一度同じ音声を流す。担当編集者のアイデアが奏功し、最後の2分間に私が登壇したときには、来場者が話を聴く態勢になっていた。

その後、会場を移して立食形式のPRタイムに入った際、私は予想外の出来事に出くわした。用意した40冊のプルーフが、一瞬でなくなったというのだ。興味を持ってくださった新聞社や映像会社の方々の名刺が分厚くなるごとに、私は作家になって初めての手応えを感じた。

新旧メディアが次から次へ

8月2日に発売し、1週間で重版、その1週間後には3刷3万部に達し、我がことながら信じ難い展開となった。2作目の『女神のタクト』以来の重版だが、積み上げられる部数が桁違いで、電話で編集者に何度も部数を聞き直したぐらいだ。昭和の未解決事件という題材のおかげで、新聞広告に効果が出やすく、書評やインタビュー記事の掲載が重なった点もありがたかった。

かと言って、新聞や雑誌といった「昔ながらのメディア」に特化した現象でもない点が面白い。ウェブ・メディアでは特に「現代ビジネス」のインタビュー記事の配信日の動きが大きかった。配信日には「『罪の声』を手に並ぶ、お客さんの列があった」と、ある書店員の方から聞いて驚いた。

 

そして今回は、新旧メディアの中間に位置する「ラジオ」という媒体の威力を痛感することとなった。新聞記者時代に放送を担当していた私は、テレビに対するラジオの影の薄さを太陽と月ほどの差をもって記憶している。しかし、ラジオはうまくウェブに融合した。

「Radiko」のタイムフリーやエリアフリー、動画サイトの定着によって、時間と空間の壁を取っ払うことに成功。規制やネット炎上を前に雁字搦めになるテレビとは違い、「本音」や「親近感」といった時代が求める情報を発信している。もともと秘密基地的な魅力を持つラジオに、戦後最大の未解決事件というテーマがリンクしたのかもしれない。

前述した「現代ビジネス」の編集者の紹介で、最初に「角田龍平のオールナイトニッポン ポッドキャスト」に出演。タレントで弁護士の角田さんは、もともと高校生漫才師として活躍されていた方で、オール巨人師匠の弟子。そんな角田さんに刺激を受けて、高校生のときに漫才師をしていた私にとっては、夢のような話である。

引き出しが多く、どんな状態からでも笑いを取る角田さん第一級の話術のおかげで、ポッドキャスト配信後にSNSで『罪の声』の情報が広まった。

また、角田さんのご紹介で水道橋博士さんと酒席をご一緒する機会に恵まれ、50万人以上のフォロワー数で知られる博士さんがツイッターでつぶやいてくださった影響もあって、放送作家や脚本家、映画監督といったエンタメ業界の方々が反応してくださる流れになった。

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