不来方は、総勢10人。つまり補欠は一人だ。控えの三塁手で、1年生の齊藤圭汰に聞かずにはいられなかった。
――一人でベンチいるの、さみしくない?
「さみしいです。嫌です。練習試合ならいいけど、公式戦は……。僕だけ戦っている感じじゃないので、それがけっこうこたえる。甲子園はテレビカメラがあるんで、(守備の時間は)こっちのベンチを映さないで欲しいですね」
おそらく君のところにも取材がたくさん来ると思うけど、と追い討ちをかけると「嫌だな~」と顔をしかめた。
齊藤は昨秋、地区予選3試合は先発出場したが打撃が振るわず、岩手県大会では控え投手の舟山純平(2年生)にポジションを奪われてしまった。舟山は地区予選の初戦で先発したものの打ち込まれ、以降は野手に専念していた。
齊藤と、その舟山のやりとりは、まるで漫才の掛け合いのようだった。
「純平さんが打たれな……」
「(齊藤の言葉を遮るように)すいません!」
「あそこで抑えてたら、僕がそのままサードだったのかもしれないのに」
「(齊藤の方へ口を突き出し)もう、譲らねえよ!」
でも、まだ齊藤もあきらめてはいなかった。
「甲子園の前に、まだ練習試合とかあるので、そこで結果を出せば……」
不来方の選手たちは、いわゆる高校野球的な「高校生らしさ」に染まっていない分、本当の意味で高校生らしかった。自由に語るし、何より野球を楽しんでいる。30歳と若い小山健人監督は言う。
「僕も滅多に怒らないので伸び伸びやってる。せめて野球くらい、楽しくやったらいいんじゃないですか」
その小山は昨年夏、選手たちにこう宣言した。「もう、守備練習はやらないから」。
8月以降、シートノックさえまったくと言っていいほどやらなくなった。守備練習の範疇に入るのは、最初のキャッチボールと、フリー打撃の際の守りだけ。
小山に、思わず尋ねた。
――守備って、練習しなくても何とかなるんですか?
「なりません! ははははは。言い方、難しいんですけど……勝とうと思ってやってない。勝てたらラッキーぐらいに思ってるんで」
監督の「ご乱心」を選手たちは大喜びで迎え入れた。チーム一の巨漢、身長170㎝ながら体重91kgでレフトを守る菅原岳人は、あっけらかんと言ってのける。
「僕は守備、嫌いだったんで、ラッキーって。うまくなる感じがなかった。練習して、うまくならなかったらショックじゃないですか」
サードの舟山は、超攻撃型を打ち出したことによる副産物をこう話す。
「バッティング練習のほうがおもしろい。楽しいから、毎日の練習のモチベーションも上がるんですよ」