『騎士団長殺し』は歴史に残る名著!読書のプロ・佐藤優はこう読んだ

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佐藤 優 プロフィール

それだからナチス・ドイツによるオーストリア併合だけでなく、南京事件が取り上げられているのである。ナチスにより殺された人々、日本軍により殺された人々といった他者との対話という深刻な課題を、村上氏はこの作品の中で引き受けているのだ。

さらに重要なのは、騎士団長が「ある人を救うためにあえて殺される」という選択をした後に顕れたメタファー(暗喩)についてだ。

<「おまえはいったい何ものなのだ? やはりイデアの一種なのか?」

「いいえ、わたくしどもはイデアなぞではありません。ただのメタファーであります」

「メタファー?」

「そうです。ただのつつまし い暗喩であります。ものとものとをつなげるだけのものであります。ですからなんとか許しておくれ」>

 

歴史とは、出来事と出来事をつなげて意味を付与することだが、それはその歴史を記録した人が意図していた以上の意味を持つ。歴史的な出来事(それは世界史や日本史だけでなく個人の歴史においても)についての記述は、同時にメタファーの機能を果たすのだと思う。

騎士団長は〈「歴史の中には、そのまま暗闇の中に置いておった方がよろしいこともうんとある。正しい知識が人を豊かにするとは限らんぜ。客観が主観を凌駕するとは限らんぜ。事実が妄想を吹き消すとは限らんぜ」〉と言う。メタファーはそのままにして、解釈などしない方がいいのかもしれない。

週刊現代』2017年3月25日・4月1日号より