いじめ、不登校、諦め…原発事故で故郷を奪われた子どもたちのその後

6年ぶりの一時帰宅に密着
大野 太輔 プロフィール

彼女らの思いを伝える言葉がない

制作チームを最後まで悩ませ続けたのが、この一時帰宅を「どう描くか?」という問題だ。

ドキュメンタリーだから、用意された筋書きなどない。15歳になった子どもたちが一時帰宅するという行為そのものが、ある意味ドラマのような時間なわけだから、素直に撮ってくればよい。しかし、その「素直に撮る」というのが案外に難しいのだ。

(c)NHK

わずか数時間の一時帰宅で、彼女たちは何を感じ、何を得て、持ち帰ってくるのだろうか?

番組に登場する少女の一人は、一時帰宅する理由を「6年を経て記憶がおぼろげになった故郷を、好きなのか、嫌いなのか、懐かしいと思うのか、確かめに行きたい」と語った。だが、当然と言えば当然だが、彼女は一時帰宅を経ても、自らの問いに対する答えを明確な言葉で語らなかった。

 

それゆえ、私たちは悶絶する。それでは物語にはならないからだ。

制作者として取材させてもらった子どもたちに嘘はつきたくない。いや、べつに事実としての嘘をつく、という話ではない。番組で紹介する事実にたとえ何ひとつ間違いがなかったとしても、15歳の気持ちに違和感をもたれるようなものであってはならない、という意味だ。

こういうとき、言葉は不自由だと痛感する。画面に映る彼女の表情は「懐かしさ」を感じているように見える。しかし、そこに「懐かしく感じていました」とナレーションを入れた瞬間に、すべてが嘘のように感じられる。もっと豊かな何かを削いでしまう感じがする。

通り過ぎた「無垢さ」の季節

大熊町出身の少女は、一時帰宅の際に1台の軽トラックを見つけた。

6年ぶりにそのドアを開けたとき、彼女は「ハンドクリームと古いゴムタイヤと燃えたプラスチックの匂い」がする、と言った。

続けざまに、よく祖母に連れられてこの軽トラックに乗ったこと、疲れては祖母のとなりの助手席で寝ていたこと、この独特の匂いが好きだったことを、次々と語り始めた。

(c)NHK

しかし、私たち制作チームはすでに知っている。彼女が大熊町の子どもとして、原発事故の被害の甚大さや、故郷を取り戻すためにかかる途方もない時間の長さを学んだことを。そして、故郷の町が原発によってどれだけ潤ってきたかを知り、どれだけ葛藤してきたかを。

彼女にとって、幼児期のおだやかな祖母とのあたたかい思い出(しかもそれは彼女の「匂い」という体感で残っている)は、どれだけのものなのだろう。

もし「無垢さ」という言葉の反対側に、「複雑さ」や「割り切れなさ」という言葉があるとしたら、彼女は間違いなくそちら側も知っている。彼女は同年代の少女たちよりずっと早く、「無垢さ」の時代を過ぎてしまったのではないだろうか?

そのことを感じてしまった私たちは、彼女の表情を前に、ただ「懐かしそうに話していた」とはもはや言えない。

15歳の少女たちが、整理のつかない現実を生き抜き、受け止めきれない光景を目にして、言葉にできない感情をもって立ち尽くしているのだ。私たちはそれをどう汲み上げ、どのように描いたらいいのか。

この問いを前に、どうして悶絶せずにいられるだろうか?