家族と一緒では生きづらい…超高齢化社会にひそむ「本当の問題」

邪魔者扱いされていく高齢者たち
藤田 孝典

家賃もローンも払えない

事実としてネットカフェに一時避難して滞在している高齢者や若者からの相談を受けることがよくある。

まり子と同様に家族との不調和で家を失った人々や失業した人々、火災で家を焼け出された人々、さまざまな人々がネットカフェをよりどころにしている。

社会福祉の弱い日本において、ネットカフェは最後のセーフティネットにならざるを得なくなっているのかもしれない。いまも全国のネットカフェにはひっそりと生活の場所にしなければならない高齢者や事情のある方々が身を寄せているのだろう。

少し前には「ネットカフェ難民」という言葉が話題になった。政府も調査をおこない、全国には約5400名の人々がいることが把握されている。まり子の問題は現在進行形の日本が抱える社会問題を的確に表している。

まり子さん、意外とネカフェを気に入った? (C)おざわゆき

そもそもまり子が同居家族に居づらさを感じたのは当然で、彼女の家族は四世代同居であるにも関わらず、狭小な住宅だった。日本は都市部であればあるほど、住宅費が高騰しており、住宅を維持したり、新設する費用がかかり過ぎてしまう。

それぞれが独立する上でも家賃や住宅ローン費用などを捻出しなければならない。これもまた高いのである。だからこそ、低所得であるほど、あるいは収入が不安定であるほど、家族と同居せざるを得ない状況がある。

まり子の息子も収入が不安定で、孫も同様であるというのは、これも現代的と言わざるを得ない。ひとことで言えば、雇用が不安定であるため、家族を養ったり、独立して世帯を設けることが困難な時代なのだ。

非正規雇用は過去最多の規模で増加をし続けている。働いても処遇や収入が不安定であり、家族相互で助け合わなければ生計が維持できない人々は言うまでもなく増えている。

しかし、家族が相互に助け合える余裕はなく、どうしても自身の配偶者や子どもが優先となろう。高齢者の扶養はどうしても後回しにならざるを得ない。

 

もう自分の親を養えない

「家族原理主義」とでもいうべきだろうか。家族関係がよければ助け合うが、関係性が少しでも悪化すれば、最大の福祉機能である「家族」は機能しない。そればかりか、排除をする側として攻撃してしまう。

高齢者虐待や児童虐待、ネグレクトや毒親、アダルトチルドレンなど機能不全家族を表す用語は、この「失われた20年」でよく聞かれるようになった。家族にはもう高齢者の豊かな老後を支える余力を急速に失い始めている。

例えば、自分事としても考えてみてほしい。親から生活が大変だから、「来月から月額数万円から十数万円を仕送りしてくれ」と言われたらできるだろうか。