WBC出場によって野球人生を狂わせた選手たちの「本音」

運命といえばそれまでだが…
二宮 清純 プロフィール

心境複雑な「神の右手」報道

この大会では先述したようにサードのレギュラー村田が右太もも裏の故障で戦線を離脱した。場所は米国サンディエゴ、ペトコ・パーク。3月19日の韓国戦でセンター前に打球を運び、一塁に駆け込む際に肉離れを起こしたのだ。

帰国した村田は車いすに乗ったまま報道陣の前に姿を現した。

「ブチっという感じ。ああ切れたなというのは分かりました。飛行機の中でも、ずっと電気治療とアイシングをしていました」

検査結果は予想以上に深刻だった。右大腿二頭筋損傷で全治6週間。もちろん4月3日の開幕には間に合わなかった。

この年まで、村田は二年連続(07年、08年)でセ・リーグのホームラン王に輝いていた。前年の08年は132試合に出場し、打率3割2分3厘、46本塁打、114打点とキャリアハイの成績を残した。

ところが、このシーズンはWBCでのケガによる出遅れもあり、93試合の出場にとどまった。成績も打率2割7分4厘、25本塁打、69打点と凡庸なものに終わった。

 

WBCでの試合中のケガといえば、2006年の第一回大会での川崎宗則の“名誉の負傷”が思い出される。

決勝のキューバ戦。舞台はサンディエゴのペトコ・パーク。1点差に迫られた9回表、川崎はイチローのライト前ヒットで二塁から俊足を飛ばし、本塁を狙った。微妙なタイミングではあったが、ブロックの隙間から右手をねじ込んでホームベースを掃き、貴重な追加点を奪った。

神の右手――。ヒーローの誕生を祝うかのようにメディアは絶賛した。

だが、川崎の気持ちは複雑だった。その代償として右ヒジを負傷し、自身は4週間遅れの“開幕”を迎えるはめになってしまったからである。

川崎宗則、負傷したキューバ戦での一コマ(Photo by gettyimages)

このプレーについて、本人はこう語った。

「そこしかない、という感じで(ホームベースの)一角が輝いて見えた。でも、あれは会心のプレーではない。本当はケガをしてはいけない。もっと効率のいいスライディングの仕方があるんです。帰国してからコーチに何回も練習を命じられました」

無事是名馬と言えば、イチロー(マーリンズ)の代名詞である。日米で25年間プレーし、4308本ものヒットを積み重ねてきたイチローほどケガや病気に強い選手はいない。

そのイチローでも第2回WBC後には体調を崩し、海を渡ってから初めて故障者リスト(DL)に名を連ねた。その結果、開幕から8試合を欠場した。原因は「胃潰瘍」だった。

スポニチ・アネックスに次のような裏事情が紹介されていた。

〈体調の異変はWBC東京ラウンドが始まった当初から兆候があったという。「一日の中で二回ぐらい、胃の上の方というか、みぞおち付近に何となくだるい感じが来た」。食欲が落ちなかったこと、過去に同様の経験がなかったことから、イチローはそのままやり過ごし、WBCの激闘に身を置いた。自身も「重なっちゃってるからね、時期が……。っていうか、あれが過酷じゃないわけがないんでね」と世界一連覇の代償を否定しなかった〉(2009年4月5日付)

今回のWBCではメジャーリーガーひとりを含む28人が代表に選ばれた。V奪還を望むのはもちろんだが、そのための「代償」は最小限にとどまることを願わずにはいられない。(つづく)

読書人の雑誌「本」2017年3月号より

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