未だ見つからない遺体と、残された家族が直面する厳しい現実

ルポ・東日本大震災から6年
石井 光太 プロフィール

「もう俺のことは探し回らなくていいぞ。俺はいま大好きな海で安らかに眠っているんだ。だから、俺のことは心配しないで楽しい人生を送ってくれ」

Eさんはそう言われたことで、肩の荷が下りた気がした。祖父がそう言うならば、自分もそれを尊重しようと思ったのだ。

1年半後、Eさん仙台で知り合った男性と結婚した。男性もまた震災で親族を失った遺族だったため、自分をよく理解してくれ、今では年に3、4回は石巻に一緒に行って墓の前で手を合わせている。

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父親が夢枕に立つ

この2人は、それぞれ遺体が見つからなかったことで死を受け入れられずにいた。だが一年以上を経て、一輪の花やイタコの言葉にすがるようにして、その死を認め、自らの気持ちに区切りをつけた。

昨年の冬に釜石市へ行った時も、そんな女性に出会った。大槌町に暮らす女性で、父親を亡くしていた。彼女は夢の中で2回に渡って父親が出てきて自分を励ましてくれたことで、ようやく死を受け入れて前に進んでいこうと思ったと語っていた。(『新潮45』2017年3月号「東日本大震災拾遺 遺体なき遺族たちの時間」石井光太)

きっと、行方不明者の家族は、遺体がない現実に苦しみながらも、それぞれの方法で心に整理をつけ、死を受け入れて前に進んでいこうとしているのだろう。

 

これまでたくさんの行方不明者の家族にインタビューをして、1つ共通していると感じたことがある。それは、家族は遺体が見つからないのならば見つからないなりに、それを肯定的に受け取ろうとしていることだ。

インタビューにあたって「ご家族が見つからないことをどう思いますか」と尋ねた。すると、少なくない家族がこのように答えたのだ。

「腐ったり、燃えたりと、無残な形で見つかるよりはよかったと思います。もしかしたらそれを見せたくないために海の底に隠れてくれているんじゃないかとも思う。そうだったら天国の彼(彼女)に感謝したいですね」

遺体が見つかった人は、「見つかっただけよかった」という。だが、見つからない家族は「見つからなかったのは幸い」という。いずれにせよ、前向きに受け止めて前に進もうとするのが、人間の強さといえるのかもしれない。

悲しみの底に引きずり込まれそうになりながらも、犠牲者を家族のもとへ帰したい一心で現実を直視し、死者の尊厳を守り抜く。知られざる震災の真実を描いた渾身のルポルタージュ。
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