黄金時代も今や昔…死に体の「香港映画」に復活の道はあるのか?

ルポ・香港返還から20年【後編】
松岡 環 プロフィール

映画界の落ち込み

1990年代半ば、香港映画界は1997年の返還を控え、その後に打ち出されるであろう中国の検閲を危惧して、映画を作り控えする傾向が強かった。こうして1993年には242本だった製作本数は、1996年には115本に減少する。そこに1997年のアジア通貨危機が追い打ちをかけ、香港映画界はみるみるうちに経済的苦境に立たされていく。1997年の製作本数は、96本にまで落ち込んだ。

その状況を打開するためには、中国本土の資本に頼るしか道はない。こうして、中国資本が製作費を担う「中国・香港」製の映画が次々と世に出て行ったのだが、中国側がほしいのはネームバリューのある男優だった。彼らの名前があるだけで、映画の興行成績が保証されるためだ。

 

一方、相手役の女優は中国に揃っている。こうして、アンディ・ラウ、トニー・レオン、あるいはアクション俳優のドニー・イェン(甄子丹)らが、中国との共同製作映画に引っ張りだことなった。

反対に、中国資本側から声の掛からない若手男優や女優は、映画出演の機会を奪われていく。

前述の俳優たちに続く実力と人気を備えたラウ・チンワン(劉青雲)、アーロン・クォック(郭富城)、ニック・チョン(張家輝)、ルイス・クー(古天楽)らはそれでもコンスタントに映画出演を続けているが、一時勢いのあったニコラス・ツェー(謝霆鋒)やダニエル・ウー(呉彦祖)らは、めっきり出演の機会が減った。ましてや、その下の世代となると、ほとんど活躍の場がないのが現状である。

2016年の第40回香港国際映画祭で電影大使を務めたルイス・クー(古天楽)photo by Tamaki Matsuoka

毎年春に開催される香港国際映画祭では、様々な形で香港映画にエールが送られるが、「香港映画パノラマ」部門で上映される作品数は年々減少し、今ひとつ手応えが感じられなくなった。

返還以降、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の様式美に満ちた『花様年華』(2000年)や『2046』(2004年)、アン・ホイ(許鞍華)監督の社会派作品『生きていく日々』(2008年)と『桃(タオ)さんのしあわせ』(2011年)、さらに『インファナル・アフェア』(2002年)や『コールド・ウォー 香港警察』(2012年)等のサスペンス作品など、秀作は何本か生まれているが、時代と切り結ぶような作品はなかなか見当たらない。

ニコラス・ツェー主演作『決戦食神』を上映中の旺角のシネコン photo by Tamaki Matsuoka

たとえば、2014年9月に始まり、香港中を巻き込んだ、香港では「佔中(中環/セントラルを占拠する、の意)」と呼ばれるいわゆる「雨傘革命」を正面から扱った作品はなく、2015年末に封切られたオムニバス映画『十年』にその精神が引き継がれているものの、約50冊の関連書籍が出た出版界とはかなりのギャップがある。この先の「三十年」、香港映画は時代を映し込むことを忘れたまま、「中国映画」の一部となっていくのだろうか。