敏腕記者、敏腕編集者、敏腕校閲者…ほれぼれするプロたちの仕事

リレー読書日記
堀川 惠子 プロフィール

戦争報道に新たな知見を与えてくれるのが、清水潔さんの『「南京事件」を調査せよ』。清水さんといえば『文庫X』でも話題になった、泣く子も黙る敏腕記者。

清水さんと私には共通の先輩がいて、その方の計らいで食事をしたことがある。銀座の名店に登山靴で現れた清水さん。その口からポンポン飛び出す取材の裏話には圧倒された。

その清水さんが南京事件を書いた。といっても、新事実が披露されるわけでもなく、リサーチも戦争取材を熱心にする者なら平均的に当たる範囲である。しかし、本書のすごさはそこにない。

実は私も12年前、南京大虐殺をテーマにドキュメンタリーの企画を練り、テレビ局に持参したことがある。広島の原爆被害を伝えてきた以上、加害にも向き合わねばと思ったからだ。

しかし担当プロデューサーは南京という二文字を見るや「これだけは勘弁して」とにべもない。私はそれで諦めてしまった。

メディアで、南京事件はタブーだ。報道が怯んでいる間、日本軍の加害行為は一切なかったとする歴史の書き換えが進む。虐殺を伝える報道のほんの少しの齟齬を取り出して「だから虐殺はなかった」とする一点突破が常套手段。清水さんはそこに正面から切り込んだ。

 

例えば約20万の南京市民を30万も殺せないという主張には、虐殺行為が数ヵ月間の長きに行われ、現場も南京周辺の地区まで含まれている事実を立証する。虐殺に加担した複数の証言や現場写真を突き合わせ、事実に矛盾がないか徹底的に検証する。

どれも少し手を伸ばせば届く素材ばかり。それを丁寧に吟味し、一点突破型の反論を打破してゆく。

さらには日本の中国への侵略が「邦人保護」を理由に拡大していった様を、現在の安保法制の議論と重ねて示すことで、日中戦争が過去話に留まらぬ恐ろしさをも突きつけてくる。終盤には、意外な経歴を持つ清水さんのご先祖まで登場する。戦争がグッと自分の側に引き寄せられて、言葉は重みを増す。

スクープとは、新事実の発見だけを指すのではない。視点の持ち方、分析の仕方、それを伝える手法の大切さを改めて勉強させられた。

週刊現代』2017年3月11日号より

編集部からのお知らせ!

関連記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/