「巨人・小林は正捕手の器ではない」江夏豊の言葉の真意

【プロ野球特別読み物】 器とは何なのか
週刊現代 プロフィール

トレードで移籍した巨人で外様ながら捕手をつとめた経験がある大久保博元氏が明かす。

「巨人の捕手は他の11球団以上に、チームが勝たないと評価されない。昨年は(高橋)由伸監督の就任前に賭博問題が発覚して、ファンに頭を下げることからシーズンがはじまった。

そこから2位まで引き上げた手腕は評価されてもいい。でもシーズンが終われば、『勝てなかった』と文句を言われている。それは巨人という球団の宿命なんです」

プロ野球界で正捕手という評価を受けてきた選手たちと小林には、こんな差があるという。大久保氏が続ける。

「小林はミーティングで言われたことを徹底させるのに必死で、いい意味でまだ遊べていない。ヤクルトの古田(敦也)さんや阪神の城島(健司)、中日の谷繁(元信)、最近では慎之助(阿部)もそうですが、3年以上、続けて正捕手を張る選手に共通するのは、肝が据わっていることです。

たとえば、ヤクルトの大砲・バレンティンと対戦するとき。試合はその時だけではなく、ずっと続くので、3連戦で最初の試合の余裕のある場面で5~6球内角球を続けたりして攻略のセオリーを意図的に崩したりするんです。

そのことによって打者に攻め方を混乱させ、結果的にシーズンを通して最後までダメージを与えることができる場合もある」

自分をさらけ出せるか

江夏氏は連載の中でこうも書いている。

〈小林は入団以来3年間、阿部が故障がちだったためにベンチで勉強する機会も限られていた。比べるのは失礼だが、會澤と違って優等生すぎるところも器の小ささを感じてしまう〉

では、プロの正捕手として認められるために必要な「器」とは何だろうか。

 

1993年、横浜ベイスターズのバッテリーコーチに就任し、当時プロ入り5年目を迎えていた谷繁元信を一流選手にする基礎を作った大矢明彦氏が明かす。

「谷繁は最初、『(自分は)信頼されていない』と思いながら野球をしていたと思います。たとえば、試合終盤に勝っている展開で、抑えの佐々木(主浩)が出てくると、交替させられていた。

当時の谷繁は、投手が投げたワンバウンドのボールを止めて前にはじく技術が未熟だったんです。そんな捕手を相手に、佐々木が決め球のフォークを投げることはできませんから。谷繁にとっては屈辱的だったと思う。

ただ替え続けていたら、谷繁はいつまでたってもいい捕手にはならない。だから全体練習より早く出てきて、僕がワンバウンドのボールを投げ、谷繁が止める練習をずいぶんやりました。しかも佐々木を含めた投手陣がウォーミングアップしている横でね」

当時、投手のリード面も課題にあげられ、メディアから「おむつが必要」と書かれるほどだった。そんな未熟な自分をさらけ出してもひたすら努力し、技術を磨くうち、佐々木も谷繁が自分の球を受けることをよしとするようになった。

大矢は言う。

「佐々木という大黒柱の信頼を少しずつ得て、谷繁も自らいろいろ勉強して、リード面でも飛躍していきました」

谷繁は入団した1989年から高卒ながら一軍にフル帯同するほど「器」は大きかった。

しかし、1年目から公式戦に出場して天狗になりかけ、持てる能力を十分に発揮できないときもあった。ワンバウンドのボールと格闘した'93年が飛躍の転機となり、国内最多の3021試合に出場。

これでもか、としつこく内角を突く強気のリードは、相手打者はもちろん、評論家まで脱帽させ、超一流選手であることを示したのだ。