プリプリの名曲『M』、今だから明かせる誕生秘話

バブル絶頂期に生まれた珠玉のバラード
週刊現代 プロフィール

笹路 アレンジにも、すごくこだわったよね。

河合 そう。僕が最初に『M』のデモテープを聴いた時、正直「これは困ったぞ」と思った。プリプリは女性版のロックバンドをやろうと始まった経緯があるから、こういう静かな曲を演奏していいのかと迷ったよ。

笹路 バラードだと弦楽器や管楽器をつい入れてしまいがちだけど、そうすると歌謡曲みたいになってしまうからやめようという話もしたね。

河合 それで考えるうちに、クイーンをヒントにしようとひらめいた。クイーンはポップな曲をハードに演奏していたから、ああいう感じならバラードでありながらロックさを出せるなと。

笹路 いかにも女の子らしい歌を、あえて激しく演奏する。そのギャップが良かったんでしょう。

富田 パンちゃん(今野登茂子・キーボード)、アッコちゃん(渡辺敦子・ベース)、カナちゃんの3人によるコーラスもすごく良いですよね。女性バンドじゃなきゃ、ああはできません。

笹路 あの3人はすごく歌が上手いんです。普通、コーラスを録音するときは、誰かが失敗しても後から直せるように、3人別々にマイクを立てるんだけど、プリプリは1本のマイクでOKだったもの。これはコーラス専門のミュージシャンでも難しいことです。

富田 振り返ると、あの5人だったからこそ、できた曲だったのかな。

笹路 プリプリって「運命共同体」というか、メンバーの絆がすごく強いんです。若い頃は同じ寮で暮らしていて、5人とも酒が強いから、飲みながら曲を作っていたんでしょう?

富田 そんな時代もありましたかね(笑)。

 

河合 プリプリはメンバーそれぞれがオーディションで選抜されて結成した、言わば「お見合い結婚」みたいなバンド。だからこそ、運命に導かれて集まったこの5人じゃなきゃダメ、という考えがあったのかもしれない。

笹路 このメンバーで成功しようという、強い気持ちは常に伝わってきましたね。

富田 技術的には未熟でしたけど、気持ちだけは強くありたかったんです。

笹路 '96年にプリプリは解散してしまいますが、その後も『M』は多くのアーティストにカバーされていますよね。女性だけでなく、徳永英明さんやつるの剛士さんといった男性も歌ってくれた。

富田 ありがたいことですよね。いろんな方が歌い継いでくれたおかげで、和歌の世界で言う「詠み人知らず」みたいな曲になってくれた。曲が自分の手から離れて育っていくのは、作家冥利に尽きます。

河合 そういえば、Mさんに仕返しするために作ったと言ってたけど、結局、復讐は果たせたの?

富田 もうね、今となっては「すみませんでした」って謝りたいくらいです。彼も相当、嫌な思いをされたでしょうし、なんだったら印税の半分を渡したいくらい。

笹路 Mさんは自分のことを歌われていると気付いていたんだっけ?

富田 知ってましたし、それこそプリプリのライブに来たこともありましたよ(笑)。

河合 当時ファンの間では、「Mって誰のことだ」って、話題になったよね。

富田 私もしょっちゅう尋ねられました。でも、ここまできたら「Mさんは誰か」という秘密は、墓場まで持っていくつもりです。

河合 別れの辛さは時間が解決して、『M』という名曲が残った。いつまでも歌い継がれて欲しいね。

富田京子(とみた・きょうこ)
65年生まれ。プリンセス プリンセスのドラマーとして活躍。『M』をはじめ多くの作詞を担当する。解散後はサポートドラマーとして活動
河合誠一マイケル(かわい・せいいち・まいける)
57年生まれ。現SMEシニアプロデューサー。プリンセス プリンセスをはじめ、大滝詠一、ユニコーンのディレクターを担当した
笹路正徳(ささじ・まさのり)
55年生まれ。音楽プロデューサーとして、プリンセス プリンセス他、チューブ、スピッツなどジャンル問わず多くのアーティストを手掛ける

「週刊現代」2017年3月4日号より