「軍歌を歌う幼稚園」森友学園の愛国教育は、戦前だったら不敬罪!?

なんともトホホな戦後的光景
辻田 真佐憲 プロフィール

「二次創作」は戦後日本の伝統芸

こうした「戦前っぽいもの」のカット・アンド・ペーストは、終戦記念日の靖国神社の光景を思い出させる。

8月15日に靖国神社に行くと、旧軍の軍装をしたひとびとの姿が目につく。外見からして、あきらかに旧軍の元軍人ではない。高齢者の場合も、不自然に階級が高かったりする。

つまり、かれらのほとんどは、民間人の「コスプレ」である。

これら架空の軍人たちは、くたびれた軍服に、しばしば高級な階級賞をつけ、エリートの象徴である参謀肩章や天保銭を帯びている。そして軍旗を掲げ、軍刀を抜き、境内を練り歩いている。

その異様な光景は、一度見たらけっして忘れられない。

〔PHOTO〕gettyimages

もっとも、かれらはふざけているわけではない。むしろ軍装や行進を通じて、靖国神社や戦死者に対して崇敬の念を示しているらしい。だからこそ、これまで許容されてきたのだろう。

事実、乃木大将のコスプレで有名なある老人などは、最近まで「靖国の英霊に捧ぐ」などと称して毎年軍歌のイベントを開催し、その開会の挨拶で「教育勅語」を恭しく読み上げていた。

こうした終戦記念日の光景もまた、戦後特有のものである。民間人(子供など一部の例外を除く)が軍人のコスプレをして靖国神社を参拝するなど、戦前であれば考えられなかった。

 

これだけではない。「二次創作」の愛国教育は、戦後社会に見られるひとつの伝統芸であり、サブカルチャーであり、この分野に詳しい者にとっては見なれたものである。

だからこそ、戦前回帰との批判には違和感を禁じえない。「軍歌を歌う幼稚園」も、終戦記念日の靖国神社も、きわめて戦後的な現象であり、戦後民主主義の土台のうえに成り立っているものだからだ。

ここでは、「戦前回帰」対「戦後民主主義」の図式は適切ではない。そうではなく、戦後民主主義のなかの現象Aや現象Bと捉えられるべきである。戦前回帰との批判は、こうしたフェイクに対してかえってある種の正当性を与えかねない。