長谷川穂積 世界3階級を制した最強ボクサー「王者の引き際」

引退後初のロングインタビュー
週刊現代 プロフィール

なぜやめても練習をするのか

ボクシングの世界でチャンピオンのままリングを去るケースは少ない。長谷川はなぜベルトを巻いたまま引退を決意したのだろうか。

「気持ちをすぐには作れないと思いました。ベルトを獲る理由はあったけど、ベルトを守る理由が見つからなかった。次にやる意味が見いだせなかった。これじゃあ気持ちは入らない。気持ちが入らないまま試合をして負けた経験があるので、同じことをするのは嫌でしたから」

とは言うものの、心がまったく揺るがなかったわけでもなかった。

「もう一試合やったら何千万円もらえる。実際に金額を提示されて、こんなにもらえるんやと。もう一回やろうかと思いましたよ(笑)。でも、お金のこと言うたら、引退してそれだけのお金稼げばええんやと。そっちのほうにモチベーション変えたほうがええやん、と思いました」

長谷川は引退した今でもトレーニングを欠かさない。朝走り、午後はスケジュールが許す限りジムでサンドバッグを叩く。若手にアドバイスを送るでもなく、それは純粋に自らのためのものだ。

 

僕が僕でなくならないために

「トレーニングは『長谷川穂積』をキープするためです。ボクシングに大きくしてもらったので、より近くにいないと僕でなくなってしまう。

僕はボクシング以外、本当に適当なんです。部屋は片づけないし、家のこともやらない。でもボクシングだけは絶対にちゃんとやる。それが心の支えになっている。だから練習する。現役復帰も、しようと思ったらいつでもできます。

人間、できないからやりたくなる、と思うんです。僕の場合、チャンピオンのままやめてずっと練習をしているので、『まだ負けない』という気持ちです。そう思うだけでいい。そのことが、かえって『もう一度やりたい』という気持ちを止められる。だから現時点で現役復帰はないですよ」

朝走るため、今も早く床に入り、生活リズムは現役時代とそう変わらないが、引退した、と強く感じさせられる一幕もあった。

「奥さんに言われたんですよ。『あんたは何も変わらないけど、ひとつだけ変わったのはボクシングの収入がなくなったことじゃ!』と。おっしゃる通りやなと。ちょっとあかんなと。最近は洗い物とかするようになりましたよ。定年退職した人の気持ちがわかるような気がします」

栄光と挫折の折り重なった17年間を、長谷川は「それはもう最高のボクシング人生だった」と振り返った。今後もトレーニングに励み、精力的にテレビやイベントに出演しながら、愛するボクシングの普及に力を注ぐつもりだ。

取材・文/渋谷淳

長谷川穂積(はせがわ・ほづみ)
80年兵庫県西脇市生まれ。小2のとき、元プロボクサーの父・大二郎さんの影響でボクシングをはじめる。世界バンタム級、フェザー級、スーパーバンタム級王者。家族は妻と1男1女。昨年12月に引退

「週刊現代」2017年2月25日号より