海外では絶対通じない!? 英語のフリをした意外な「和製英語」たち

土着化した国際語を愉しむ
片岡 義男 プロフィール

つい先日、世田谷区内の商店街の一角で、ふと見上げた五階建ての建物の屋上は、広告看板で囲まれていて、その看板には1st for you.と英文があり、「あなたにとっての、いちばんへ」と、日本語が添えてあった。

ひとつのパズルの解きかたを、いろんな視点から考えているのに似た楽しさを、僕は受けとめた。

1st for you.と言えば、あなたに第一位のものを、という意味になるだろうか。なんとなく伝わるけれど明確にはなっていない、という言いかたにとどまるだろうか。語順として正しいだろうか。for youはいいとして、1stをどのようにとらえればいいのか。

First prize for you.とでも言うなら、第一位はあなたです、という意味にはなる。Firstの次にコンマを入れて、First, for you.と言うなら、何人かの人たちになにかを分けあたえているような状況での、きわめて気楽な口語として、まず最初に、きみだ、という意味になるだろう。

FirstをThe very firstとでもすれば、それは名詞になるから、あとにfor youと続いても語順は正しく、したがって意味も平凡に宿るけどなあ、などと考えていると、パズルはかなり楽しむことが出来た。

いつも使っている私鉄駅のプラットフォームに電光の表示板が天井から下がっている。次の電車は止まらずに通過していきます、という意味を人々に伝えるための、おそらくこれ以上には短くならない言葉として、通過電車、と赤く表示が出る。

英語でも、おなじ意味を伝えたいのだろう、単語がひとつ、表示される。その単語がPassageであることに気づいてから、何年が経過しているか。

和英辞書を引きながら見つくろった言葉だろうと理解しても、そして通過電車は通過と略したとしても、通過とPassageとはなかなか結びつかない。

電車にはいろいろある。通過していく電車があれば、この駅で終点となる電車もある。そのような電車は、当駅止まり、と呼ばれていて、電光表示板にもその言葉が表示される。英語ではTerminationだ。次に来るのは末期の電車かい、とつまらない冗談を言いたくなる。

ブラジル・フレンチはどこの豆か?

名古屋駅に停車した新幹線の窓ごしに、向かい側のプラットフォームをぼんやり見ていたら、そのプラットフォームには売店があり、お弁当、サンド、お飲み物、と壁に文字が表示してあった。あまりにもぼんやりしていたせいか、サンドとはなになのか、とっさにはわからなかった自分を、いま思い出している。

サンドとは、サンドイッチの略だ。サンド単独でもいいし、ハムサンド、カツサンド、ハンバーグサンド、漉し餡サンドなどと、おそらく戦後のごく早い時期に、立派な日本語になった言葉だ。弁当と飲み物には「お」がつくのに、ビールですら、おビールなのに、サンドやサンドイッチに「お」がついたのを、僕はまだ一度も見ていない。

午後の楽しい会話のために五人で入った喫茶店でその五人全員が飲んだのは、本日のお勧めとして壁にカードがかかげてあった、ブラジル・フレンチだった。

ブラジルとは、ブラジルという品種のコーヒー豆、という意味であり、フレンチとは、深煎りされたコーヒー豆、あるいはそのようなコーヒー豆で淹れたコーヒー、という意味だ。

歓談する四人のかたわらで、僕はひとりでパズルを楽しんだ。ブラジリアン・フレンチ、と言うなら、ブラジルの人たちが使うフランス語、さらにはもっと広く、ブラジルの人たちがおこなうフランス式、というような意味になる。

喫茶店の壁にかかげてあるカード、という状況に助けられてはいるけれど、ブラジル・フレンチと片仮名書きされた言葉を見て、ディープ・ローステッド・ブラジルのことだと反射的に理解出来るのは僕ひとりだけではなく、他の四人にも美しく共通した能力なのだと理解すると、テーブルに届いたブラジル・フレンチのおいしさは、ひときわだった。

そしてそのブラジル・フレンチを飲みながら僕が思ったのは、英語という国際語のグローバルな広がりの前線で次々に引き起こされては、そのほとんどがその国での用法として定着していく、正確に言うなら誤用された英語の、国際語としての運命だった。

グローバルな広がりの最前線では、わかりやすくひと言で言うなら、単なる誤用が、その国ではごく当たり前の使いかたとなる。閉じろ、という命令が、本日休業、になる。Since 2016は、創業年を明確に伝えたいという言語上の意思の表示ではなく、雰囲気を出すためのちょっとしたデザイン上の飾りだ。

(つづく)

片岡義男『この冬の私はあの蜜柑だ』音楽、スニーカー、ラジオ……あるテーマを出発点に想像力が鮮やかに紡ぎだす、魅惑の9篇。