多くの日本人が知らない「人口減少」と「東京一極集中」本当の意味

首都圏から見た地方創生【前編】
山下 祐介 プロフィール

だが、人々の過剰な移動は、家族を維持するのにはあまりにも過酷になっており、私たちはこの過剰な人の動きをこの機会に抑制し、人々の暮らしがオフィス中心ではなく、家族や地域の中にもあるよう、もっと時間の配分を調整しなければならない。

 

しかもまた、こう言うことも正しいのである。

人が色々と動くことによって社会に活力が生まれる。移動は少なすぎても力を削ぐことになる。まして日本社会は国家として一つになっているので、遠距離移動を否定しては、国家そのものが維持できなくなる。

とはいえ、その高速遠距離移動社会の形成があまりにも行き過ぎたために、各人の生活設計に破綻をきたし、子どもが産まれなくなっているのだから、暮らしの合理性を高めるべく、事態を調整していかねばならない。人の動きの適正化をはからねばならない。

首都圏一極集中とはだから、一見、住民票の集中化(住所の集中化)だが、これは本当の都心にまでは全て集められないので、都心=首都への集中の本体はオフィスの集中化であり、そしてそのオフィスの集中化を生み出すものは何かと言えば、国家権力の集中だということができる。

あまりにも国家に権限が集中しすぎていることによって、日本中の機関(とくに企業)が首都に集まり、そしてその機能を支える人口の消費を支えるために、さらに事業所が集中していく。これら都心が果たす機能を支える人はしかし、都心には限られた数しか住んでおらず(とくに家族形成をしようと思えば都心を離れざるをえなくなる)、多くの人が長距離移動を行って自らの役割と家族の形成を必死で両立させようとしている。

だが、人はそれぞれ生きた生身の個体である以上、その頑張りには限界がある。この人の過剰な動きを抑制しなければ、人口減少を止めることはできない。それどころかどこかで必ず破綻が来るだろう。

だとすれば、解はやはり、こうなるはずである。

地方への国家の権限委譲や、財源移譲、なにより地方分権を進めることである。分権によって、これまで国の権力集中に伴って過剰に集まりすぎた都心の働く場を、首都から分散させていくことである。

このところ地方創生で話題になった一部の国家機関の地方移転ではなく、まして企業版ふるさと納税などではなく、権力の再編を伴う企業の再配置が進むよう、もっと抜本的な対策が求められる。それも長期的視点で進めるしかない。

これを働く首都圏民の側からいえば、郊外住宅=持ち家=遠距離通勤=夫婦共働き型を目標とするのではない、もっと別の、暮らしにやさしい生き方のモデルを工夫し、生み出し、一般化していくことである。

またこのことは一朝一夕で変えられるようなものではないので、より若い世代、今の子どもたちの代で転換可能となるような、長期的視野による対策が求められる。少なくともそういう覚悟と、実際の政策形成が必要だということになる。

これは当然、与野党の勢力変動とは関係なく、長期的に安定的な政策が図られねばならないということを指し示している。

<後編につづく>