”賞味期限”が女を不機嫌にする

女の格差社会を生き抜く
夏目 かをる プロフィール

女将は後に日本初のインテリジェンス小説『ウルトラ・ダラー』(手嶋龍一著・新潮社)に登場する料亭の女将のモデルにもなった誉れ高い新橋芸者だった。

女優の岩下志麻似で、「こんばんは」と可憐な声で挨拶をするたびに、その場に居合わせた客たちは、全員女将に魅了されてしまう。一瞬の間に華やぎをもたらすのは、花柳界の水によって魂の次元まで潤ったからだろう。芸と接客のプロ集団が作り出す花柳界は、私には一種の芸能界に見えた。

テーブル席やカウンターなど40人ほどが集客できる店の中央には、小さなステージがあった。三島由紀夫の最後の愛人に似ていると言われた元歌手の男性が奏でるギターに合わせて、お座敷帰りの主に財界の旦那衆、そして客たちは、生演奏でカラオケを歌い、酒を飲みながら、談笑しながら、時には情報を交わしていた。

 

そして滅多にないことだったが、芸者がステージで唄や踊りも披露することもあった。かつて女将と一緒にこの店を経営していた芸者・T姉さんは、ステージで「滝の白糸」を謡いながらかろやかに舞うと、店内の客たちから拍手喝さいが沸いたものだ。

T芸者は女将と並んで優れた踊りの名手であるとともに、年間100冊以上本を多読するという読書家だった。しかも旦那である経団連の会長の葬儀には、スパッと剃髪した姿で登場し、喪に服すことを無言でアピールした。「さすが新橋芸者!」と感嘆されたという伝説の芸者だ。

可憐な女将とは正反対の、実に凛々しいT姉さんは、「私は男なんかに、一度だって媚びを売ったこと等、ござんせん!」と言い切ってから「滝の白糸」を披露したのだ。

芝居じみたセリフに、ドラマのような設定だが、これこそ花柳界の芸者がもたらす“舞台”のようなリアルな現実だ。そこに芸者の生き様がくっきりと現れる。

このように私は偶然に、花柳界で生きる芸者を知り、“芸者粋”を肌で感じることができた。

年齢を重ねても、女性として、人間としての誇りをもって、人生を豊かにしていく女性の生き方 “芸者の粋”。次回は75歳のいまも現役として活躍する芸者から教えてもらった、「成熟」へのヒントをお伝えしたい。