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J-POPの現在と未来〜邦楽育ちのアーティストの行方

メディアが抱える課題を徹底討論!
現代ビジネス編集部 プロフィール

批評がないと「消費」で終わる

宇野 僕は古いタイプなのかもしれないけど、ちょっと啓蒙主義的なところがあって、どうしても音楽の「いい/悪い」をジャッジしちゃうんですよ。

 あ、それ、宇野さんに聞きたいです。ジャッジメント、つまり音楽に評価をつけるとき、宇野さんはどこに軸を持っているんですか?

宇野 まぁ、いろいろあるんだけど、ポップ・ミュージックの歴史のタテ軸と、海外も含めた現在のカルチャー全体のヨコ軸、自分の頭の中にあるその2つをまず大前提にしていて。だから、ただの印象批評ではないんだよね。

たとえば90年代に小沢健二よりもCDを売った人はたくさんいたけど、彼ほどいまも語られていて、音楽に限らず様々なジャンルのクリエイターに参照され続けているアーティストってほとんどいないじゃない? そういう「語り継がれる音楽かどうか」というのが基準かな。

 へえ! それはおもしろい基準ですね。10年、20年と残る音楽が「いい音楽」と。

宇野 きっと、それがリアルタイムで常にわかってきたから、20年以上音楽の仕事でメシが食えてるんだと思う。……食えなくなったら映画の仕事に専念します(笑)。

 なるほど(笑)。

宇野 だから、『ヒットの崩壊』でも取り上げられているテレビの大型歌番組に対して、自分は柴みたいにあまり肯定的な気持ちになれなくて、見ていてただただ居心地が悪いんだよね。それは「残る音楽」と「残らない音楽」が、そこではあまりにも平然と一緒くたになっているから。それでもaikoやPerfumeが出てくると、自然と心は浮き立つんだけど(笑)。

 なるほど。宇野さんは「音楽ジャーナリスト」と名乗ってますけど、僕のイメージでは、それこそが「音楽評論家」の仕事だと思うんですよ。自分の価値観をもとに優劣をきちんと示して、それが権威につながるという。

宇野 「権威」は嫌だよ(笑)。でも、そういう「居心地の悪さ」って、誰よりも一部のアーティスト自身が感じてるんじゃないかな。注意深く見ていれば、誰が出ていて、誰が出ていないか、あまりにも歴然としてるでしょ。

 

 これはたしか中森明夫さんがおっしゃっていたんですが、批評の有無はそのジャンルの未来を左右するんです。批評が存在しないと、その場かぎりの熱狂は生まれても、個対個の消費で終わってしまう。マッピングされない。アーカイブされない。10年後に点と点がつながらないんです。だから、宇野さんのされている「ジャッジ」はまさに批評の仕事だと思います。

あと、これは岡映里さんの発言だったかな、自己啓発本ってすごく売れるんですって。ただ、10万部、20万部と売れる本はあっても、権威を持って「今年の自己啓発本ベスト1」を決める人がいないから、消費されて終わってしまう。

宇野 「自己啓発本の批評家」が存在しないから、その場かぎりで消えてしまうわけか。

 はい。それゆえに、5年前に売れた自己啓発本は忘れ去られてしまうんですね。音楽というジャンルでいま小沢健二が語られ続けているのは、批評がその役割を果たしてきた証なのかもしれない。

宇野 どうかな? 自分が思うのは、最も優れた批評家はやっぱり表現者たちなのかもしれないってこと。小沢健二や椎名林檎や宇多田ヒカルに影響を受けてきたクリエイターって、日本の各界の30代、40代には驚くほど多いでしょ。