武士が担った革命・明治維新は、なぜ武士の世界をつくらなかったのか

橋爪大三郎×大澤真幸の歴史対談【第一回】
橋爪 大三郎, 大澤 真幸 プロフィール

明治維新のときにどういう感覚を持っただろうか?

大澤 今、橋爪さんがこの問題を、人類史的というか、世界史的なコンテキストに置いてくださったと思うんですね。たぶん、英語ではearly modernだと思うんです。古代と中世と近代に分けるんだけど、近代の中で前近代と、本格的な近代を分けるときに、日本では近世という言葉を使うんですね。

まず私が思うことは、ヨーロッパの人にとってはその種の時間的な断絶って、どういうふうに経験されてたんだろうかということです。もちろん、今まさに近代化しつつあるときに、「おいおい、だいぶ近代化しとるなあ」とか、「だいぶ中世から離れたじゃん」って、思ったわけではないと思います。 

しかし、ある段階に達したときに、自分たちは何か根本的に別のフェーズに入ってしまったという気分になったときに、近代という言葉が発明されるわけですね。

 

ただ、たぶんルネサンスから絶対王政ぐらいの時期に、ヨーロッパの人たちは、自分たちは明らかに中世とは違う時代に入ったことを感じたんだと思います。むしろ、彼らは自分たちは中世よりは古代と精神的なつながりがあるみたいな気分になった。 

それから、先ほどフランス革命の例を出しましたけど、おそらく一九世紀、とくに西ヨーロッパの場合、とくに大陸の場合ですが、フランス革命の終わった後、フランス人だけではなく、ヨーロッパの人たちは何か根本的な新しいところに入ってしまったという感覚を僕は持ったと思います。

問題は、日本の場合、どうだったんだろうかということですね。江戸時代に入ったとき、あるいは今言った、明治維新のときにどういう感覚を持っただろうか。新しいフェーズに入っていく感覚を持っただろうか。

僕はね、織田信長から、秀吉がいて、そして家康に入るというコースで――これから二六〇年の江戸時代が始まると思っているわけではありませんけれども――新しいプランで社会に入ろうとした感じはあったと思います。江戸時代の当初の段階からね。どんなプランで入ったのかを捉えておくことが、明治維新が何であるかということを捉えるうえで、一つの鍵になるんですね。

じゃあ、何が新しくなったのか。橋爪さんがさっき仰ったように、ヨーロッパだと近世というものが始まった一つのメルクマール(目印)として、あるいは近世の完成段階のメルクマールとして、絶対王政といって、貴族や何かに比べて王様の権力がかなり強くなった段階です。

今、絶対王政という言い方を歴史学者が使いたがらない傾向がありますけど、一応、絶対王政と言われている段階に入ったということになるんですね。

常備軍と官僚制を持っていたか

大澤 それと、徳川幕府を比べたらどうなるか。徳川幕府はある種の絶対王政だろうか? とたとえば考えてみるわけです。そうすると、これはそうであるようにも消え、そうでもないようにも見える。というか、たぶん根本的に性質が違うんですけれども。

絶対王政に入っているということのメルクマールになるのは、常備軍を持っていることですね。それから、官僚制です。近代的な意味の官僚制。この二つをきっちり持っているかどうか。その観点で江戸幕府を見ると、非常に変則的なことがわかります。

簡単に言えば、江戸幕府ですから、いわば武士の時代ですね。武士って何か? 常備軍のようでもあり、官僚制のようでもある。 

ヨーロッパであれば、絶対王政においては二つの役割としてきっちり分けられている。常備軍がいて、そして近代的官僚制がある。ところが、日本の幕藩体制は、官僚なのか、ある種の軍事要員なのか、よくわからない人が官僚をやっているという独特の体制なんです。しかも武士は最後まで、自分が官僚であるということよりも、「戦いにおいてある」ということにアイデンティティの根拠を置いていたような感じがします。

そして、二六〇年後に革命を担ったのも、その広い意味での武士の階級なんですね。この武士というものが、だから江戸幕府でどういうふうにつくられていったのかということを見ることが、問題を解くための鍵になるんじゃないかというのが、僕のとりあえずの問題設定なんですね。

もう少しだけ言っておくと、幕藩体制というのは、普通に考えれば、武士が一番優位な階級であることが確立した段階なんですね。よく鎌倉時代ぐらいから考えますけれども、頼朝の段階ではかなり曖昧なものですね。その間に途中で室町政権があったりしますけれども、室町政権は非常に脆弱な政権だったりするために、その後戦国大名が群雄割拠するような時代が来るわけです。

だから、武士の政権として真に安定した政権は初めて、実は幕藩体制において確立したわけですね。そういう意味でいうと、武士はその社会における最もドミナント(支配的)な階級ですよね。

普通、階級というのは、先ほどのフランス革命もそうですけど、ドミナントな階級が排除されていたり、抑圧されている階級からチャレンジを受けるという形で革命が起きるわけです。ところが、二六〇年後に幕藩体制を崩したのも武士なんですよね。その武士というのはいったい何だったのか。最初の段階で本当に彼らはドミナントな階級として成立したのかどうか、そういうことも含めて考え直してみるといいんじゃないかなというのが、問題の設定なんですけれども、いかがですか?