武士が担った革命・明治維新は、なぜ武士の世界をつくらなかったのか

橋爪大三郎×大澤真幸の歴史対談【第一回】
橋爪 大三郎, 大澤 真幸 プロフィール

江戸時代というのは近世なのか?

橋爪 橋爪です。今、お話しいただいたとおり、問題を考えていきたいんですけれども、少しだけその前提を私なりに述べます。この『げんきな日本論』という本は、縄文時代から明治時代まで、ずっと長いレンジを扱っています。今日お話しするのはその一番最後のところですね。いわゆる江戸時代、近世のお話をします。近世と言うんですけども、これがまず問題です。今日は近世と言わないで、プレ近代と言ってみます。なぜか?

近世というのはヨーロッパの歴史学の概念だと、中世と近代の間になる時期であって、いわゆる絶対王政の時期を指します。決して近代的な社会ではないけれども、近代の萌芽となるようないろんな現象が起こっていて、そして、その絶対王政の中から内発的、内在的に、連続的に近代になっていくのがヨーロッパの社会です。

この歴史区分が、中世と近代をつなぐもの。そしてその繋ぎ方というのが順接と逆接があるとすれば、順接なんですね。連続的にステップを追って近代になっていく。そういう流れが見える。

歴史学というのはヨーロッパを基準にしますから、外国にも当てはめようということで日本の歴史学というのができる。日本の歴史学はヨーロッパの歴史学の概念を受け取りますから、古代とか、中世とか、近代とか、封建制とか、重要な概念はヨーロッパから借りてきてるんです。

 

でも、江戸時代というのは近世なのか、という問題がある。室町、戦国から江戸時代になるところは一応連続的で、順接の関係になります。だけど、江戸時代から明治、近代になるところは必ずしもそうではなくて、外側からの影響によって無理やり近代というものになってしまったわけだから、そこが切れているんですね。 

切れているのに近代になったというのが、日本の一番根本的な経験なんですけれど、これをどう受けとめるかというのが今日のテーマですね。

江戸時代から明治になるところの切れ目なんですけど、二つの考え方がある。一つは明治や近代の側から江戸時代を見ていく。そうすると、近代はこういうふうに準備されていた、ああいうふうに準備されていた。

あるいは、こういうところが近代化の障害であったというふうに見えてくるわけだから、その障害をこういうふうに取り除き、元々あった近代のほうをこういうふうに取り出した、って見ればいいわけです。

江戸時代から明治近代のほうを見ると……

橋爪 でも、これでは物事の半分しか見ていることにならないと思います。江戸時代を生きていた人はわれわれが近代になるなんてまったく予想していなくて、ただ、江戸時代をやっていたわけです。多くの人はですね。そこで、江戸時代の中にも様々な変化があります。その様々な変化が思わず知らず明治維新や明治時代、後の日本の時代を可能にするような、根拠にもなっている。こういう、江戸時代から明治近代のほうを見るという見方もあると思うんです。

私から見ると、この後者の考え方のほうがたぶんはるかに大事で、日本人の経験にも即している。これは非常に大きな情報価値なんですね。どうして大きな情報価値を持つかというと、さっき大澤さんが仰ったように、日本人の自己認識に役に立ち、元気の源になるんですけど、それ以外に、世界的な意味がある。

ヨーロッパ社会以外の社会は皆、外圧によって近代化するという宿命があります。実際、そのようにどの社会も今、歩んでいます。で、うまくいってる社会とうまくいってない社会があるけど、だいたいヨーロッパ社会以外の社会は皆困難を抱えているんです。イスラムがいい例です。インドや中国も、アフリカやラテンアメリカもみんな苦しんでいます。

そういう人たちが一番知りたいのは、外圧によって近代化するときにどういう問題が起こるのか、どういう方法でそれを克服するのか。克服できた実例はあるのか。そういう情報を一番発信できるのは日本ではないでしょうか。

というので、日本史というのは日本社会を分析するためにあるわけですけど、それだけじゃなくて、それを適切に加工して、すべての人の役に立つ知識に作り替えることができる。社会学もそのお手伝いができる。こういう考え方でもってこのプロジェクトにチャレンジしたわけですね。

江戸時代ということに限定して言うと、二つの外圧にはさまれていた。まず、安土桃山時代に大航海時代ですから、ヨーロッパ人がやってきて、鉄砲を伝え、様々な新知識を伝えて、日本社会に大きなインパクトを与えた。ここで日本人はいろんなことを考えて、いろんな選択をしたと思うわけです。その選択の結果、江戸時代が始まっている。

江戸時代は安定していると言われます。確かに何百年か、二五〇年ぐらい続いたわけですが。でも、もう一回新しい形の外圧がやってきた。で、その外圧に対してもう一回対応し、それを乗り越えて、次のステージに進んだ。この二回にわたって、ヨーロッパ文明の外圧を乗り越えているというのが日本の基本ですね。これがいったいどういう意味があったのか。これを順接と逆接と両方の考え方で捉えて、一つの教訓やストーリーを引き出せないか。これが私の思いです。

それで今日、トピックをいくつか選ぶんですけど。最初は、なぜ徳川家康という人が出てきて、幕府をつくるという選択をしたんだろうか。ここが最初の入口ですね。その思いが中学・高校の歴史をおさらいすることではなく、その意味を自分なりに考える、こういうことですね。