7冠最強棋士vs.世界的AI研究者、二人の天才の因縁をめぐる物語

小説『電脳』~本物は「モノが違う」
高嶋 哲夫 プロフィール

―相場を取り巻く人々もユニークです。彼の叔父で将棋を教えた元治は、会社の経営には関わらず世捨て人のような生活をしており、相場の数学の才能を見出す塾講師・西村はかつて研究者を目指しながら諦めた人物です。

じつは、私もアメリカから帰国したあと、関西の四谷大塚で講師をしていたことがあるんです。トップのクラスを担当したのですが、そこには灘中学などの有名校に進学する天才たちがいました。彼らに数学や理科を教えるのには、講師は徹夜して準備する必要があったほどです。「モノが違う」と思った経験は、本作にも反映されていますね。

 

―研究者となった相場が電王戦に挑むのと並行して、東洋エレクトリック工業が米企業から株式の取得と業務提携を持ちかけられるという騒動が起きます。この件に相場も巻き込まれていく展開はスリリングです。

東洋エレクトリック工業に、どうしてアメリカの先進企業が目を付けたのか。会社の経営を継ぐことになった弟の賢介に、相場は「先端的な技術や特許もないうちの会社にそんな魅力はない」と言い放ちます。

中国の新興企業も絡んで来て、相場たちは翻弄されるわけですが、このあたりの描写は一度アメリカに渡ったからこそ見えた今の日本のビジネスの情けない現状も反映しています。では、シグマトロンの狙いとは何なのか。小説で書いたその答えが、日本が生き残るための私からの提言です。

―終盤、取海は数学やプログラミングを学び、将棋ソフトを研究して相場との対局に挑みます。将棋を知る研究者と、プログラミングを知る名人の対局は人知を超えた戦いになるとともに、相場と取海という生身の人間がぶつかる場となります。

天才同士の戦いを描きたかったのはもちろんですが、やはり行きつくのは根源的な人間の「思い」なんだと思います。

将棋盤を挟んで向かい合う二人に見えているのは、ただの駒の運びだけではありません。あの日諦めた自分、なりたかった自分が目の前にいるんです。羨望や後悔がないまぜになりながら、しかしそれを越えた友情がそこにはある。そんな普遍的な思いを感じて頂ければ嬉しいですね。

(取材・文/伊藤達也)

週刊現代』2017年2月4日号より