自閉症スペクトラム~発達障害の当事者による「壮絶な告白」

見えない障害を理解してもらうために
天咲 心良 プロフィール

大人になって初めて気付いた「障害」

私の障害は、大人になるまで分かりませんでした。

そのために障害があることも理解されないまま、小学校一年生の時には理解のない担任によって虐待と言ってもいいような体罰を受けることもしばしばでした。

「キチガイ」「知恵遅れ」「あんたは動物以下」などの差別的発言はもちろん、言うことを聞かないと言っては叩く蹴るの暴力を受けました。

給食の際には時間内に食べ終わらなかったと言って、残飯のようになった給食を食べさせられたこともあります。

元々問題がある教師ではあったようですが、もし私に『見えない障害』がなかったなら、それほどの目には合わされなかったのではと思います。

実際私はクラス1の『問題児』で、授業中でも離席し歩き回ったり、遅刻して、昼の12時に学校に到着したり、人とのやり取りがうまくできずに癇癪を起こしたり、パニックを起こしたりしていました。

これはすべて自閉症スペクトラム障害から来た混乱でしたが、元々支配的で暴力的な教師はそれを力で押さえつけて、問題解決しようとしていました。「叩けばいうことを聞くだろう。単なるわがままだから」と思われていたのです。

でも、障害があると知らずにこんな状態の子供を見たら、あなたもどう思っていたか分かりません。暴力に訴えていたかは別として、

「何て行儀の悪い、躾のなってない子供だろう。あんなにわがままばかり言って、自分のことしか考えないなんて……将来ロクな大人にならないな」

と思うのではないでしょうか。同じクラスの子の親であれば、

「親はどんな育て方してるんだ。こんな子が自分の子供と同じクラスなんて……うちの子の勉強の邪魔になるじゃないか。迷惑だ。うちの子が何をされるか分からない。あんな子と関わらせるわけにはいかない」

そんな風に思うかもしれません。

それが障害ゆえのものだと分かってもらえないほど、子供は悲惨です。誰よりも理解してもらい、サポートをしてもらわなければならない障害を背負っているのに、サポートしてほしい人たちから“ワガママ”、“嫌な子”などと決め付けられ、疎外されてしまうからです。

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そうして、何をやっても『普通に』こなすことが出来ず、嫌われ者になってしまう自分に対して、自閉症スペクトラムの子供たちは劣等感を抱くようになります。

『どうせ僕が悪いんだ』『何をやってもうまくいかないんだ』『友達なんかできるわけがない』『私は皆に嫌われている』『私は、存在しない方がいい人間なんだ……』と。

障害を理解してもらえない子供は、誰にも助けてもらえず、癒されずに生きていかなければなりません。

そのどれもが障害による特性で、決して子供たちのせいではないとしても、理解してもらえなければ、できない事はなまけ者扱いになり、分からないといえば理解する気がないのだと言われ、つらくて泣いたら根性が足りないからだと怒られてしまうからです。

足がない人に、「なんであなたは歩けないの?」という人はいないでしょう。一目見て分かりますから。

けれど脳の中で起きていることは、誰にも見ることが出来ません。だから「なんでこんなこともできないの? 普通に考えればできるでしょう」と、いつも言われて、突き放されてしまうのです。

けれど私に、優しくしてくれる人がいなかったわけではありません。小学校2年生~3年生の間は、私のことを本気で考えてくれる、優しく思いやりのある、子供好きの本当によい先生が担任でした。

その先生がいたから、今の私がいるのだろうと思います。けれど、そんな優しく思いやりのある先生すら、『見えない障害』のことは知りませんでした。

先生は私にたくさん良くしてくれ、時には娘のようにかわいがってくれましたが、そんな優しい先生さえ、私を本当の意味で『理解』し『サポート』することは出来なかったのです。

もし先生が私の『見えない障害』のことを知り、私の中で何が起こっているのか気づいてくれていたなら、きっと全力で私を助けてくれたでしょう。先生の優しさに『障害への理解とサポート』が加わっていたなら、きっと私には別の人生が開けていたはずです。

けれどその後も、私は誰にも気づかれないまま、成長することになりました。

 

見えないがゆえの「暴力」

残念ながら私は家族からも理解を得られず、小学校一年生の時の体験も相まって、小学校低学年の時にすでに『二次障害』と呼ばれる、障害を理解されないがゆえに起こった精神症状を抱えていました。

トラウマによるPTSDや、解離性障害、睡眠障害、小児鬱などです。やがて生きていてもしょうがないからと、担任が変わった小学校4年生では自殺まで考えるようになり、思春期にはさらに重い精神症状に苦しめられながら、辛さを誰にも分かってもらえないまま、大人になることになりました。

目の見えない子に「なぜ君は現実を見ようとしないんだ! 気合が足りないから目が見えないんだ!」と怒鳴っている人を見たら、あなたは腹が立ちませんか?「見たくなくて見ないわけじゃないのに、何言ってんだ!」と思いませんか?

けれど、自閉症スペクトラムを含め発達障害の子供たちは、常にそのような扱いを受けているのです。何も悪いことをしていないのに、理不尽に怒られて、傷ついている子供たちが今でも多くいるのです。

大人になったある日、大きな病院を訪れて、ようやく自分が自閉症スペクトラムだったと診断された私は、ようやく私は何も悪くなかったんだと、ただ病気のせいだったのだと知りました。

けれど、「じゃあなぜ私は傷つけられたのか? 苦しまなければならなかったのか?」。過去に起きた出来事が頭の中で止まらなくなり、苦しくて辛くて、押しつぶされそうでした。