『嫌われる勇気』の著者が、母の死を機に辿り着いた「ある答え」

日々の何気ない幸福を感じるために
岸見 一郎 プロフィール

アドラーとギリシア哲学

母の死後、父との関係は緊迫したものになった。間に入る緩衝役だった母がいなくなり、直接父とぶつかることになったからだ。しかし、父との関係も、私の人生におけるもう一つの邂逅によって変わることになった。

母の死後、私はすぐに結婚し、五年後、子どもが生まれた。思うようにいかない子育ての最中に知ったのが、オーストリアの精神科医であるアルフレッド・アドラーが創始した個人心理学だった。

アドラーは、心の分析に終始したり現実を事後的に解釈したりするだけの心理学者ではなく、人生の意味、幸福について真正面から論じている。その思想は、二十世紀初頭に突如としてウィーンに現れたのではなく、私が専門としているギリシア哲学と同一線上にある、れっきとした哲学である。

やがて見るように、アドラーは原因論ではなく目的論に依っている。プラトンも生きることの目的として幸福を据え、幸福の可能性を、魂のあり方に結びつけて目的論的に論じている。

そしてプラトンは、知が魂を導くことによって幸福になることができるので、何が善なのかを知ることが、幸福になるためには必須であると考えた。しかし、では、実際に何を知ることが幸福を結果するのかということになるとプラトンの論には具体性が欠けている、そう私には思われた。

それで、アドラーがこの知の内実を対人関係に求め、目的論を教育や臨床の場面で実践的に応用している点に興味を覚えたのだった。アドラーと邂逅することで、それまで私が人生について持っていた問題意識を全うできそうだという強い予感を持てたのだ。

私が初めてアドラー哲学についての講義を聞いた時、講師のオスカー・クリステンセンはこんなことをいった。

「今日、私の話を聞いた人は、今この瞬間から幸福になれる。しかし、そうでない人は、いつまでも幸福になれない」

私は驚き、同時に強く反発しないわけにいかなかった。母が若くして亡くなり、父との葛藤もあり、その上、子どもとの関わりが大きな負担になっていたからだ。だがその一方では、そのような状況で、もし私が幸福になれたなら、クリステンセンが語った言葉は決して誇張ではないことがわかるだろう、とも思った。

哲学者の肖像画や写真を見ると、率直にいってあまり幸福そうには見えない。誰もが気難しい表情をしていて、笑顔の哲学者をすぐには思い出すことはできない。それなら、私自身がまず幸福になろうと決心した。

しかし、そんな決心をしてみたところで、ただ手を拱いてじっとすわっていても、やはり何も起こらない。どうすれば幸福になれるのかを考えた時、父との関係をまず何とかしたいと思った。アドラーの思想に触れた私は、対人関係が幸福の重要な鍵であることを学んだのだ。

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幸福が潜む瞬間

対人関係の中に入ると摩擦を避けることはできない。嫌われたり、憎まれたり、傷つけられたりする。だから、そんな目に遭うくらいなら、いっそ最初から誰とも関わろうとは思わないという人がいても不思議ではない。

しかし、他方、人間は、対人関係の中でしか生きる喜びも幸福も感じることはできない。ましてや他人ならいざ知らず、父との関係がよくないからといって実の父を避けることはできない。それなら、父との関係を避けるのではなく、むしろ、あえてその中に入っていこうと思った。

もとより一朝一夕で父との関係が改善したわけではない。だが、前のように同じ空間に居合わせるだけでも空気が緊迫するような関係ではなくなった。そして、ある年末、最初に書いたような父との穏やかな日を迎えたのである。

しかし、その後も私が心筋梗塞で倒れたり、さらには父がアルツハイマー型の認知症であることがわかり、私が介護をすることになるなど苦難は続いた。

だがこの頃には、すでに私は、人は何かの出来事を経験するから不幸になるのでも幸福になるのでもないことを学んでいた。プラトン、アドラーは目的論を採ることで、何かを経験することが不幸の、そして幸福の原因になるのではないと考える。人は幸福に〈なる〉のではなく、もともと幸福で〈ある〉のだ。

母は病気になって、しかも回復しなかったから不幸なのではなかった。私の場合も、寛解したけれども、寛解したから幸福なのでもない。父も長く認知症を患ったが、そのことで不幸になったのではない。たとえ闘病が、本人にとっても家族にとっても苦難であることは間違いないとしても。

そもそも、病気に限らず、生きること自体が苦しみなのである。だから、今は苦しいがやがて楽になる時がくるとは考えなければよいのである。苦しいけれど、その苦しみをただ苦しいとだけは見ないで、苦しみこそ幸福の糧であると思える生き方はできるのだから。

どんなに苦難に満ちた日々でも、ともすれば見逃してしまうかもしれない瞬間にこそ、本当の幸福は潜んでいる。ささやかな幸福以外に幸福はない。たとえその人が、どんな状況にあっても。

母が病床で私に教えてくれたのはまさにこのことである。病気で倒れる前、私は母にドイツ語を教えたことがあった。ある時、母が、その時に使っていたテキストを病院に持ってきてほしいといった。母に再びドイツ語を教えていた時、母の病気にもかかわらず、私は幸福だった。そして、おそらくは母も。