2019年元日、「徳仁天皇」「雅子皇后」誕生で日本が変わる!

いったいどんなことがおこるのか
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そうした平和への思いは、すでにこれまでの皇太子の言葉に現れている。

皇太子は'14年2月、自身の誕生日の会見で、「今日の日本は、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、現在、わが国は平和と繁栄を享受しております」と述べている。

前出のベテラン記者が言う。

「'13年10月、皇后陛下が誕生日の会見で、明治維新期につくられた五日市憲法に言及しました。これは、改憲への意志を強める政権を牽制したものではないかと言われた。

あまり知られていませんが、皇太子もこうして公に憲法の重要性に言及しているのです。両親から、平和への思いをしっかりと受け継いでいます」

しかし一方で、こうして両親の後を追うことは、常にその姿と比較されることでもある。とくに国民とのふれあいの場でそれは顕著だ。

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新しい天皇像をつくる

皇室ジャーナリストが言う。

「以前、ある東宮侍従が、『もっと天皇陛下の猛勉強ぶりを見習ってほしいものだ』と言っていたことがありました。

'07年に新生児集中治療室で治療を受けた子供の両親たちと交流した際にも、殿下はそれぞれの方と2~3回やりとりをしただけで終わってしまい、周囲からは『天皇陛下ならもっと深いコミュニケーションをしたはずだ』と思われていた節があった。今後、即位してからも、折に触れて今上天皇と比べられるでしょう。

また、皇太子はずっと港区で育ってきた都市型の人物です。国民が、現在の天皇ほどに同じ痛みや苦しみを共有していると思えるかどうか。国民の天皇に対する意識が変化していくなかで、新たな天皇像を模索していくのではないでしょうか」

厳しい比較の目にさらされるのは、「雅子皇后」も同じだ。雅子妃は'04年に「適応障害」と診断され、マスコミから批判をされながら10年以上その病と戦ってきたが、現在、体調は回復傾向にある。

前出のベテラン記者が言う。

「雅子妃は昨年、かなりの数の公務に出席できるほどに回復しました。昨年12月の誕生日会見では、医師団から『ご体調に波があります』と発表されましたが、その日には両陛下とも一緒に食事を楽しまれたようです。

今年の春には皇太子夫妻おふたりが、外交関係60周年の記念にマレーシアを訪れる予定もあり、皇后になるのに向けて少しずつ準備をしているように見えます」

皇后になることで、雅子妃がさらに力を取り戻し、「小和田雅子」の姿を回復していくのではないか。そう指摘するのはジャーナリストの渡辺みどり氏である。

「雅子様はもともと外交官を目指していた非常に活発な方。皇太子はプロポーズの際、『皇室外交をしませんか?』という言葉を使ったと聞いています。その頃の意欲を取り戻し、皇后となることで、皇室外交にも意欲的になるのではないでしょうか。

雅子様は外国語も大変堪能ですから、海外の王室の方との付き合いはもちろんのこと、'20年の東京五輪の際にもおもてなしに活躍されると思います」

こうした活躍は、病気で公務の機会を逸してきたこれまでの13年を取り戻すものだ。

前出のベテラン記者が言う。

「雅子妃は公務も行えず、秋篠宮家に対しても引け目や嫉妬を感じてきたと思います。ハッキリ言ってこの13年間は雅子妃にとっては思い出したくもないもの。雅子妃にとって皇后になることは、それを挽回できるチャンスです。

外交官の娘として、ハーバード大を卒業した頭脳を生かし、海外の王室と個人として付き合っていくようになるのではないでしょうか。

こうした雅子皇后に影響を受けながら、天皇像を模索する徳仁天皇は、より一層世界に開かれた存在になるように思います。

もちろん現在の天皇、皇后が行っている『慰霊の旅』への敬意は持ちつづけるでしょうが、本人は『戦争を知らない天皇』。同じことだけをしていては、時代を刷新していけません。雅子皇后とともに、公務の性質を新しく、ポジティブに変えていく可能性は大いにあります」