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海老蔵が静かに進める歌舞伎界「再編」〜歴史の目撃者になるチャンス

これは現代の貴種流離譚だ!
中川 右介 プロフィール

貴種流離譚としての海老蔵

猿之助一門は、3代目が門閥にこだわらず、一般家庭出身者を登用し、育てていった。右團次となった右近のほか、笑也、笑三郎、猿弥、春猿、月乃助らがその代表だ。

だが、月乃助と春猿が相次いで、歌舞伎から新派へ移籍した。市川月乃助は2代目喜多村緑郎を襲名し、市川春猿は1月から河合雪之丞を名乗っている。

週刊誌では猿之助一門に内紛があり分裂の危機だと書かれていたが、真相は分からない。その文脈では右團次襲名も一門からの独立だということになるが、右團次は独立説を打ち消している。

4代目を襲名し、一門にトップとして復帰した猿之助は、スーパー歌舞伎Ⅱとして『ワンピース』の歌舞伎版を上演するなど、一門を率いているが、その一方で、自分よりもさらに若い世代の坂東巳之助らを率いての公演もしているし、歌舞伎以外の演劇に出ることも多い。

海老蔵も猿之助も、主役以外はできないタイプの役者なので、大幹部が主役をつとめる歌舞伎座には、なかなか呼んでもらえない。脇役で出ても主役をくってしまう、「舞台荒らし」になってしまうからだ。

昨年の歌舞伎座で、海老蔵が出たのは12ヵ月のうち2ヵ月、猿之助は3ヵ月だけだ。染五郎は6ヵ月、菊之助は5ヵ月なのに。

海老蔵は残りの10ヵ月は大劇場での座頭公演と自主公演で一門を率いて全国をまわっていた。それには一座が必要なのだ。

歌舞伎座に出ず、東京を離れ、病身の妻と幼き子がいるのに、全国各地を巡業している海老蔵の姿に、「現代の貴種流離譚」を感じる。

貴種流離譚とは、漂泊の王子に次々と仲間が増えていき、王座を手に入れる物語だ。つまり、仲間が必要なのだ。

ここで海老蔵と猿之助の利害が一致する。

猿之助一門は、猿之助が外での仕事が多いので、その間、他の役者は、他の幹部役者の出る芝居で脇役をつとめるしかない。

一方、海老蔵の成田屋は、團十郎の死後は海老蔵しか看板役者はいない。

つまり主役不在の一門と、主役しかいない一門が生まれたのだ。

 

11代目團十郎の時代は絶縁していたとはいえ、もともと猿之助一門は市川一門であり、その宗家は市川團十郎家なのである。

かくして数年前から、海老蔵を座頭にし、猿之助一門の猿之助以外の役者が脇を固める公演が多くなっている。

昨年7月の歌舞伎座は、猿之助が責任を持つ興行として一門が揃い、そこに海老蔵が客演するかたちだった。成田屋・澤瀉屋の盟友関係が宣言された公演だった。

猿之助が外に出ている時は海老蔵が一門を預かり座頭として公演する。猿之助が座頭ととし一門を率いて歌舞伎座に出る時は、海老蔵が客演する。

海老蔵と猿之助は、相手を尊重しあい、といって芝居では遠慮せずにぶつかり、充実した舞台となった。今後も年に一度でいいから、こういう座組で見たいものだ。

澤瀉屋一門以外にも、海老蔵はこの数年、仲間を増やしている。

坂東竹三郎の弟子だった坂東薪車が師弟関係を解消されると、一門に入れて市川九團次とした。「破門」された役者を一門に入れたことには批判もあったが、海老蔵は我関せずに貫いた。

名門一族に生まれながらも父が役者を廃業したため、劇界では不遇な中村獅童とも、海老蔵は親しく、昨年は一緒に巡業もした。

名脇役の子として生まれ、父を早くに失くした尾上松也にしても、海老蔵が飛躍のきっかけをつくっている。それまでは女形が多かったが、2008年に海老蔵が金毘羅歌舞伎で座頭をつとめた時は松也を同座させ、「角力場」で山崎屋与五郎と放駒長吉とい大役に抜擢し、立役もできることを示した。さらに2013年の浅草の新春歌舞伎で「対面」の曽我五郎に抜擢した。

その実績があってこそ、15年から松也は浅草新春歌舞伎の実質的な座頭となり、さらに若い世代を牽引している。

猿之助一門では、右團次のほか、猿弥も海老蔵の公演には欠かせなくなっている。

門閥主義の象徴である市川宗家の御曹司たる海老蔵が、門閥外の役者、あるいは不遇な役者と共演し、一座に引き入れているのは、まさに貴種流離譚だ。

戦後の歌舞伎界は菊五郎劇団・吉右衛門劇団が中心にあり、異端として猿之助一門がいた。

海老蔵の祖父である11代目團十郎は自分の劇団がなかったので、菊五郎劇団に客分として出演していたが、團十郎襲名後、国立劇場開場にあわせ、劇界を再編して團十郎劇団を旗揚げする計画を抱いていた。しかし、急死したため果たせなかった。

海老蔵が祖父の幻となった計画を意識しているのかどうかは分からないが、いまの動きは、自分の劇団を作ろうとしているように見える。