# キリスト教 # 近現代史

戦後日本を覆いつくした無意識の「言論統制」〜語られずに消えた記憶

戦前と戦後の「断絶」を考える
堀井 憲一郎 プロフィール

キリスト教徒じゃないから騒ぐのだ

クリスマスは、どうでもいい行事である。

明治以降、そういうポジジョンにある。クリスマスはぜったいに真剣に執り行わない、扱うときはおもいっきりふざける、それが前提となっている祝祭である。

だから目立ってなければ、何も意識されない。

目立つと、叩かれる。分を弁えてない、と叩かれる。おそらくただ感情的に指弾しているだけである。その根拠は、キリスト教でもないのに、キリスト由来の祭で必要以上に騒ぐから、というところにある。怒られるのは、キリスト教徒でもないのに、というポイントに限られている。

ただ騒いでる側の感覚でいえば、この日に大騒ぎをするのはキリスト教徒でないから、である。かつて1936年に荻原朔太郎が指摘したとおり(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50477)、クリスマスは、都会の歓楽街に限定された破壊的祝祭でしかない。

祝祭に起源はあっても、意味はない。解放されている、という感覚だけが大事にされる。

自分が生きていることの確認であり、自分がやがて死んで消えてしまう、という確認でもある。

このバカ騒ぎを非難している人たちが、「キリストは酒神となったのか」と何度も書いているところが、日本クリスマス騒ぎの本質である。八百万の神のひとつにキリストも取り入れてしまえ、という感覚が、クリスマス解放行動の根拠であり、識者から非難されるポイントでもある。

キリスト教徒ではないから、クリスマスは騒ぐ。

そして、キリスト教徒でもないのにクリスマスで騒ぐとは何事かと怒る。

同じことを裏と表から言ってるにすぎない。

だから、非難する側には、落としどころがない。しかたないので、みなが必死で避けている「聖書を読むこと」を勧めたりする。

50年以上むかしの筆者に対して申し訳ないが(むこうに反論する機会がない)、いやしかし、キリスト教からキリスト的要素を抜いて日本八百万の神のなかにその居場所を作ろうとしてあげているのに、そこで聖書を読めなどとは、そちらのほうが馬鹿馬鹿しい提言をしているとなぜ気がつかないのであろう、とおもう。

賢しげな発言であるぶん、よけいにその愚かしさが露呈している。つまり、破壊的行動を起こしている暴徒と、本質的には同じ行動なのである。時代を越えて、つっこんであげるしかない。

 

自我を守るための必死の行動

1950年代のクリスマス騒ぎの気分的な背景は、1952年前後にピークを迎えていることからもわかるように、占領支配の時代から主権独立への時代へうつっていく、その時代の変動と不安感によって増幅されていた。

ただ1930年代と、1950年代のクリスマス騒ぎには、ひとつ違っている部分がある。

1930年代はまだ主権国家だったため、日本はヨーロッパ諸国をかなり意識していた。具体的には、イギリスとドイツのクリスマスをいつも気にしていた。それに加えてアメリカも、という感じである。歴史あるヨーロッパ諸国を意識しているぶん、戦前には少し上品さがあった。

しかし1950年代のクリスマスは、すべてアメリカ一辺倒である。連合国支配とはいえ、事実上ほぼアメリカ軍による占領が続いていたのだから、そうならざるを得ない。

当時の若い世代にとっては、クリスマスは占領軍アメリカが日本に広めた文化だ、とおもっていたはずである。

クリスマスにバカ騒ぎをするのをやめたらどうだ、という非難と意見は、戦前は国粋的な文脈で語られていたのだが、実は戦後も同じである。

バカ騒ぎ批判は、アメリカ支配に対する反発であり、アメリカ文化に追従している自国民に対する非難であった。

戦後のクリスマス騒ぎは、見ようによっては、アメリカへの阿諛に見える。

日本の祭ではなくアメリカさんも大好きなクリスマスに、おれたちも祝いますよ騒ぎますよ、どうですか、というヨイショの一種に見えなくもない。

日本古来の伝統的なものが禁止された時代ではあるが、クリスマスに限り、この日に騒いでも占領軍からはお咎めはない。だから底抜けに騒ごう、と考えてしまうのは、非占領民の心情としてある意味、当然のことだろう。

そこで、騒ぐな、というのは、アメリカに追従するんじゃない、という意味になる。1952年の独立前後に騒ぎが大きくなったのも、その心情とリンクしている。

大騒ぎしながらもそれを批判するという分裂的行動は、つまりアメリカに追従しなくちゃいけないけど、でも追従だけではだめだ、という必死の、自我を守る行動に見える。

海外に同調もするし、日本独自路線も示さないといけない。つねに分裂しそうな自己を、必死でごまかして統一人格に見せないといけないわけである。

1958年となり、クリスマスはおさまった。

おそらくこのあたりで「戦後だ」という気分から、リアルに自由になりはじめたのだろう。

1964年の東京オリンピックに向かい、日本は奇妙な膨張を続ける。そしてクリスマスも常に日本文化を反映しつつ併走しつづける。

(つづく)

クリスマス・ファシズムの勃興、回転ベッドの衰退、浮遊する月9ドラマ、宮崎勤事件、バブル絶頂期の「一杯のかけそば」騒動……あの時なにが葬られたのか?