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戦後日本を覆いつくした無意識の「言論統制」〜語られずに消えた記憶

戦前と戦後の「断絶」を考える
堀井 憲一郎 プロフィール

それは、実は「なぜ負けるような戦争を引き起こし、それを支持し、ともに戦ったのか」と質問されたのと同じだからである。戦前と戦後のつながっている部分を説明するとなると、戦争に対する各自の責任について語らなければいけない。

それに対して、敢然と答えた人は少ない。現在に伝えられている発言はきわめて少ない、探さないと見つからない。

いや、当時、どこかの現場や、どこかの論壇で、その心情をきちんと語った人たちはいたはずである。戦争を支持したが、それは間違っていたとは言えない。そう言った人はいた。

ただそういう発言は徹底的に押し潰されていった。「戦争は間違っていた。二度と戦争は起こさない」という圧倒的な正義の声によって搔き消されていったのだ。

戦争を積極的に支持したことを認め、その事情を話すのはとても厳しいことなのに、あえてそれを話したところで、聞き手にそれを受け入れるつもりがなく、常に弾劾され続けるのなら、もう誰も発言しなくなる。

そもそも「戦争に負けたのだから、何を言ってもしかたがない」という気分でいっぱいだった世代だ。語って意味がないなら、黙る。

〝昭和10年代(1935年から1944年)に大人だった世代〟(ざっくり1917年大正6年より以前に生まれた世代)は、特にその世代の男性は、広く国家の戦争を支持し、支えていたとおもわれるが、彼らは戦後、その心情については黙し、広く語ることがなかった。

戦後の「言論統制」

戦争は間違いだった、という叫びが社会の基盤に置かれると、「終戦によって社会は劇的に転換して、新しくすばらしい時代が始まった」という考えを持たなければいけなくなる。そして、若い世代はみな、そう信じた。

だから1930年代のクリスマスと、1950年代のクリスマスの熱狂について、その共通点を語る人はいなかった。そんなことを語って面倒を引き起こしたくない。だから、どうみてもつながっている両者が、並べて論じられることもなかった。

終戦までには軍部による言論統制があり、降伏占領後はまた〝戦争を起こした戦前体制を絶対に認めない〟という別の言論統制があったわけである。どちらも自由ではない。

降伏・占領という事実を、「終戦」と言い続けていたのと同じである。それが庶民の感覚に近かろうと、言論の強制である事実は変わらない。

戦争に負けたあと、戦争の支持した者は、みごとに全員が黙した、ということになる。

おそらく本当にそうなのだ。きわめて徹底的に奇妙である。だったら、戦争直前と戦争直後のクリスマスは共通であるという考察など、誰も気にしないだろう。

 

もうひとつの謎

もうひとつ。

1948年から1957年のクリスマスの騒ぎぷりは、目に余るものだった。

火事でもないのに火災報知器を押しすぎだし、人が死んでないのに人殺しだと叫びすぎである。繰り返し、批判された。紙面で非難もされている。

誰ひとり、あれはまあしかたがない、とは言ってくれない。

公的発言としては、みな、必ず非難していた。まったく擁護されなかった。

解説も分析もしてくれていない。