「親にはなってはいけない大人」が我が子を殺すまで

ルポ・厚木市幼児餓死白骨化事件
石井 光太 プロフィール

事件を防げるポイントはいくつもあった。だが、そうならなかったのは、幸裕自身が「正しい生活」「正しい養育」の概念をまったく持ち合わせていなかったためだ。

詳しいことは拙著『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち』を読んでいただきたいが、主な要因は母親の重度の統合失調症にあった。幸裕が小学生の頃に母親は病気を発症して異常な行動を繰り返した。家の中に何十本ものロウソクを立てて火を点けて「悪魔が来る」と叫ぶ、大騒ぎしたあげくにベランダから外に飛び降りて瀕死の重傷を負う……そんな日々だった。

しかも父親は外出ばかりで妻に構わなかった。長男だった幸裕は毎日のように母親の不条理な言動に向き合い翻弄されなければならなかった。妹や弟を守ったこともあるだろう。こうした家に、「普通の日常」はなかった。それゆえ、彼は「正しい生活」「正しい養育」が何かを知らないまま大人になったのだ。

彼が理久君を追い詰めた原因としてはそのことが大きい。

普通であれば、ライフラインの止まった部屋で2年以上も暮らそうとは思わないだろう。だが、彼にとっては「大して困ったことではなかった」のだ。

 

また、彼は理久君を家に閉じ込めていたが、それは「交通事故」から守る行為であり、「1ヵ月に一度だけ公園へ連れて行」けば、十分養育していることになると思い込んでいたのだ。食事にしても、まるでカブトムシに餌を与えるように、思い出した時だけ「食事セット」をあげれば十分だと信じていた。

これは、自分自身が母親にそうされてきたからだろう。当時の幸裕は小学生になっていたから、その状況でも生き抜くことができた。だが、3歳~5歳だった理久君には自ら状況を打開する手立てはない。そして事件は起きたのだ。

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読者の中には、幸裕を「知的障害者」だと考える人もいるかもしれない。だが、裁判の鑑定では、彼に知的障害がないことが明らかになっている。あくまで異常な幼少期の中で「正しい生活」「正しい養育」の概念がなくなった結果なのである。

ここで思うのは、「正しい」とは何だろうということだ。

私たちは家庭の中で様々なことを親に教えられながら、自分なりの基準を形成していく。1日3食とる、夜は電気をつけてお風呂に入る、服が汚れたら着替える、幼児を置いて親が遊びに行かない、週に何度か子供を公園へ連れて行く……。これらは生活の中で身につけ、大人になって実践するものだ。だが、そうした体験がまるでなかったら、その人は親になってどう子育てをするのか。

斎藤幸裕とその妻のことを深く知る女性は私にこう語った。

「あの2人は親になっちゃいけない人間だったんです。大人だからって親じゃないんです。大人でも親になっちゃいけない大人っているんです」

私が幸裕に「本当に理久君を育てていたつもりなのか」と尋ねた時、彼は堂々とこう答えた。

「育ててましたよ! ちゃんとやってました!」

本気で彼がそう思っているのならば、間違いなく彼は「親になってはいけない大人」だろう。

私はルポルタージュの中でこういう「親」が一定層いることを明らかにした。その親たちを批判するのではなく、どう理解してサポートするかというところでしか、事件は防ぐことはできないと思う。