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自衛隊PKO派遣の議論がいつもモヤモヤしたものになる理由

日本の憲法学の「陥穽」
篠田 英朗 プロフィール

なぜ異常に抽象的な議論が展開されるのか

それにしても「いわゆる駆け付け警護」は、違憲なのだろうか合憲なのだろうか。

政府は、「国家又は国家に準ずる組織」に対して武器を使用するのでなければ、武器使用は違憲ではない、という考え方をとっている。

「国家又は国家に準ずる組織」に対するのでなければ、憲法九条が禁ずる「国際紛争を解決する手段」としての「国権の発動たる戦争」や「武力の行使」および「国の交戦権」の行使には該当しないというわけである。

この説明は不必要に複雑であり、現実との乖離をいずれ露呈するものではないか、と私は感じている。だがいずれにせよ今回のPKO法改正は違憲ではないという立場を、政府はとっている。

これに対して「いわゆる駆け付け警護」が違憲だと主張する人々は、「自己保存の自然権的権利」に依拠するのでなければ、武器使用は全て違憲だと主張するわけである。

率直に言って、異常に抽象的な議論である。「自己保存の自然権的権利」などという日本国憲法典に書かれていない概念を振りかざして、業務用の武器を貸与するほうが、よほど問題ではないだろうか。

さらに異様なのが、憲法学者の議論では、「自己」に、「国家」という抽象的な法人格がつながっていることだ。

国家が自分自身だけを守る個別的自衛権なら自然権的なので合憲だが、集団的自衛権はそうではないので違憲だ、という議論が、憲法学者らによって声高に主張された。そのようなことは日本国憲法には書かれていないにもかかわらず。

 

拙著『集団的自衛権の思想史』(風行社、2016年)で論じたように、東大法学部出身の憲法学者によって絶対的なものとみなされている国家という「自己」に「自然権」があるという思想は、憲法典のみならず、国際法においても根拠がない。

「国家の基本権」思想は、19世紀ドイツ国法学の議論だ。東大法学部の憲法学講座は、明治時代に大日本帝国憲法がドイツ帝国憲法を模して作られたときに設置されたため、長くドイツ留学帰国者たちの牙城であった。

戦後の憲法学者たちは、ドイツではなく、フランス革命史に異様なこだわりを見せるようになったが、「憲法制定権力」に固執することによって、大日本帝国憲法時代の絶対主権論の遺産を引き継いだ。

結果として、ポツダム宣言時に「革命」を起こして「主権者」になった「国民」が、「統治権」なる謎の権利を持つ「権力者」を制限するのが立憲主義だ、という抽象的でややこしい物語が日本の憲法学の通説になった。

そして「民衆蜂起」して国民が自分自身を守るのが「真の自衛権」で、集団的自衛権などを介在させて政府に守ってもらうのは間違った自衛権だ、といった考え方も絶対視されることになった。

この物語にしたがうと、国連PKOなどで日本人が同僚の外国人を守ったりするのも、主権者の意思に反する間違った行為になる。

英米法思想は、ドイツ・フランス流の過度に国家を擬人的に見る思潮とは違う考え方の伝統を持つ。「信託」を尊重しながら、主権を相対化する(拙著『「国家主権」という思想』(勁草書房、2012年)参照)。

日本国憲法はアメリカ人によって英米流の憲法思想を基盤として起草された。現代の国際法もまた、特に20世紀以降、英米流の思想の影響が色濃い。それにもかかわらず、日本の憲法学者は、アメリカ(特にGHQと在日米軍)について語ることを禁じ、あえて日本国憲法典もドイツ国法学の用語で読み解く姿勢を残存させた。

結果として、時代錯誤的な偏見が、日本国内に広く流通するようになってしまった。

憲法九条で否定されている(国際紛争を解決する手段としての)「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」や「国の交戦権」は、すべて現代国際法で否定されている。特に1945年国連憲章で明示的に否定されている。

なぜ国際法で否定されているものを日本国憲法でも否定するのかと言えば、日本国憲法制定当時、日本は独立国ではなく、国連加盟国ではなかったからだろう。そこでGHQは、憲法典を通じて、国連憲章の規定を「旧敵国」日本に守らせようとしたのだろう。

憲法九条は、本質的に、前文で謳われている「国際協調主義」の精神の反映なのである。