【ゼロからわかる】イギリス国民はなぜ「EU離脱」を決めたのか

露わになるグローバル化の「歪み」
笠原 敏彦 プロフィール

問題への対処を怠った既成政党

世界が注視する中で行われた国民投票(投票率72.2%)の結果は、大方の事前予想が外れ、離脱支持が残留支持を4%弱上回るものだった。詳細な結果分析は控えるが、特徴的なポイントを挙げると以下のようなものだろう。

・若者層に残留支持が多く、高齢者層に離脱支持が多い
・地域的にはイングランドで離脱支持が優勢で、スコットランドでは残留支持が多数派を占めた
・イングランドでは首都ロンドンは残留支持が多数派で、北東部の工業地域など地方では離脱支持が優勢だった

上記の特徴を一括りにするなら、国民投票は「地方的ナショナリズム」と「都市的リベラリズム」の対立だったと言えるかもしれない。

いずれにせよ、離脱の結果が出た最大の要因は、欧州移民急増に対する国民の不安だろう。

しかし、問題の本質は、英国への欧州移民が3倍に増えたという規模の問題ではないように思う。筆者には、英国が門戸を開きながらも、移民を単なる労働力とみなし、決して歓迎することなく、一方で国民の不満の声を放置してきたことこそが問題の本質のように思えてならない。

英国政府は、移民の低賃金労働(搾取)を看過し、「移民に仕事を奪われている」という労働者層の不満、医療や教育、公共住宅など公共サービスの低下で不満を強める国民の声と真剣に向き合ってこなかった。

また、移民を受け入れることの経済、財政、文化的なメリットや、EU加盟国であることのメリットも十分に説明してこなかった。政治家の重要な役割である「国民への教育」が欠如していたのである。

こうして、EU離脱を掲げる英国独立党などポピュリスト政治が台頭する社会的土壌が生まれ、それが、大英帝国の歴史への誇りを背景にしたナショナリズムの盛り上がりと一体化。国民が現状への不満を国民投票にぶつけるという今回の事態を招いたのである。

英国のEU離脱の引き金がいかに引かれたかを見極めるとき、そこに浮かび上がるのは、移民問題をタブー視してきた労働党や保守党など既成政党の姿勢である。イギリス政府が門戸開放の一方で、それに見合うだけ、国民の不満にもっと声を傾けていれば、投票結果は違っていたかもしれない。

英国は元々、移民に寛容な国だった。第二次大戦後、旧植民地からの移民にはイギリス国籍を与えてきた。「英国民とは誰か」と問うとき、「英国王の下に集う人々」と言うほどオープンであり、英国に住む英連邦(旧植民地など加盟約50カ国)の住民には選挙権を与えているほどだ。

その英国が極めて短期間に不寛容な国へと変質し、経済的な損失を覚悟の上でEU離脱という「自傷行為」に走ったことは、世界への大きな警告として受け止めるべきである。

 

英国EU離脱が発する警告

英国は欧州統合プロジェクトの初の脱落国家となった。

英国人は本来、保守的な国民である。急激な改革ではなく、漸進的な進歩を求める人たちだ。それだけに、多くの予測に反してEU離脱という過激な民意が示されたことは一層衝撃的である。

このことは国際秩序の視点から見て何を意味し、どのようなインパクトを与えるのだろうか。簡潔に俯瞰してみたい。

筆者がまず強調したいのは、グローバリゼーションという大状況の下で、エリート層と庶民層では社会、世界の現状が異なる「プリズム」を通して見えているということだ。

だから、オバマ米大統領やIMF、世銀といったエスタブリシュメント層がいくら離脱に伴う「経済的損失」や「国際的な地位の低下」を強調しても、功を奏さなかったのである。

結果をめぐっては、「EU離脱の意味を十分に考えずに感情的に投票して後悔している英国民」「離脱派の扇動にだまされた英国民」というステレオタイプが外国メディアで広く流布された。確かにそういう人たちもいたのだろうが、それが多数派だということでは決してないだろう。

最終盤での「ユーガブ」社の世論調査では、最も重要な争点として32%が「英国の独立や主権」を挙げてトップになっている。「感情的に投票して後悔している英国人」を一般化する見方は、議会制民主主義を育んだ英国の国民に対する侮辱である。

留意すべきは、経済のグローバル化による恩恵を受け得るエリート層と、国際競争により雇用喪失や賃金低下の脅威にさらされる庶民層の間のパーセプション・ギャップ(認識の違い)が拡大しているということだ。

それは、例えば、離脱に伴う「GDP3.3%の低下」の意味を想像できるかどうか、移民増加の具体的な影響を実感できるかどうか、といった違いである。

中産層の縮小と格差拡大は先進国に共通するトレンドであり、米大統領選における「トランプ現象」よろしく、どこの国でも反エスタブリシュメントの流れが加速している。

こうした動きは、表面的には感情的な行動の結果と映るかもしれないが、根底には世界の在り方、問題の原因が違って見えているという、より深刻な問題が潜んでいるのではないだろうか。

英国の国民投票の結果を、「理性的なエリート層」と「感情的な庶民層」の対立で捉えるだけでは十分ではない。

英国の国民投票が発した警告の一つは、グローバル化がもたらすさまざまな危機に対応する上で、まず優先すべきは、パーセプション・ギャップをしっかり把握する必要があるということである。