【ゼロからわかる】イギリス国民はなぜ「EU離脱」を決めたのか

露わになるグローバル化の「歪み」
笠原 敏彦 プロフィール

欧州を襲った2つの危機

キャメロン首相が国民投票を約束して以降、欧州は新たに2つの大きな危機に見舞われる。

2015年にシリアなどから100万人もの難民が欧州に押し寄せた未曽有の難民危機と、2015年11月のパリ同時多発テロなど過激組織「イスラム国(IS)」の影響を受けたホームグローン(欧州育ち)テロリストによる大規模なテロの続発である。

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EUは人、物、資本、サービスの「4つの移動の自由」を原則に掲げる。一連の出来事は、EUが「開かれた国境」という理想を掲げながらも、統治能力、危機対処能力が欠如していることを白日の下にさらけ出してしまった。

事態は欧州各国で反EU・移民のポピュリスト政党の台頭に拍車をかけ、英国でもEU懐疑論を強めていくのである。

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EUは現在、創設以来、最大の危機にある。欧州債務・ユーロ危機以降、経済はほぼゼロ成長が続き、失業率は10%近く、ギリシャ債務危機という爆弾も抱え込んだままだ。

そこに追い打ちをかえるように起きた未曽有の難民危機、テロの続発……。調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が今春、英仏独など欧州の主要10ヵ国で行った世論調査では、EUに好意的な意見を持つ人は51%しかいない。

近年、先進国における「民主主義の赤字」が指摘されるが、その最たるものがEUの統治制度だろう。

超国家組織であるEUでは、選挙の洗礼を経ていないブリュッセルのエリート官僚が巨大な権限を握って政策や規則を決め、加盟国はそれに従わなければならない。各国の選挙で選ばれる欧州議会はあるものの、立法権はなく、その権限は限定的である。

EUの規則は一説に2万に上るとされる。かつては店頭に並ぶバナナの長さやキュウリの湾曲率を定めたものまであり、「現場を知らないエリートの発想」と市民感情を逆撫でしたこともある。

 

そして現行の統治制度の問題点は、民主主義を担保する「説明責任」がどこにあるのか、極めてあいまいになっていることである。

議会制民主主義の母国・英国では、民主主義を育んできたという自負から、EUの非民主的な在り方への批判が強い。成文憲法を持たず、慣習法を尊重する英国が自国の最高裁の上にEUの欧州司法裁判所をいただくことは、EUによる「法的植民地化」だとの反発さえある。

狂ったシナリオ

EUへの逆風が強まる中、キャメロン首相も漫然と国民投票に臨んだ訳ではない。

キャメロン首相の対EU姿勢は「英国は『改革したEU』に留まる方がより強く、安全で、豊かになれる」というものだった。EUの現状を決して肯定していた訳ではないのである。

首相はこの「EU改革」に向けて2016年2月にEUとの交渉をまとめ、さらなる統合深化は英国には適用されない▽緊急事態にはEU域内からの移民への社会保障を制限できる▽EUは規制緩和へ努力する、などの譲歩案をひき出した。

キャメロン首相はこのEUからの譲歩案を御旗に党内結束を図り、国民の支持を得ることを狙っていた。

しかし、譲歩案への評価は「実態は何も変わらない」などと芳しくなかった。

結果的に、保守党の下院議員330人のうちボリス・ジョンソン・ロンドン市長(当時、下院議員を兼務)ら150人近くが離脱派に回り、その中には閣僚6人が含まれた。離脱派の勢いは、キャメロン氏の予想を越えるものとなっていくのである。