SMAP「後継者問題」を徹底討論!嵐は「限界」を突破できるのか

ジャニーズに残された「2つの道」
現代ビジネス編集部

Sexy Zone、関ジャニ∞、キスマイに託された

 嵐以外で、これからのキーを握るグループやメンバーはいるのでしょうか。

矢野 この流れで言うなら、断然Sexy Zoneでしょう。Sexy Zoneはジャニーズの正統な歴史を受け継ぐような華やかさがあります。なかでも、宝塚歌劇団員だった母を持つマリウス葉が、ジャニーズの歴史的には重要ですね。

一時期、マリウスくんと松島(聡)くんが冷遇されるようなことがあって、「お前、ふたりを冷遇する意味をわかっているのか! 歴史をわかっているのか!」と、ジャニーズに怒っていたわけです(笑)。

ジャニーズと日本』の終盤あたりで若い世代の話をしていますけれど、グループとしてはSMAPのフォロワーが多いんです。その中でSexy Zoneだけが、わりとジャニーズの縦の歴史のフォロワーなんですね。そういう意味でも、Sexy Zoneが鍵を握っている!

 トレードマークがバラの花であるとか。

矢野 あるいは「ひらひら」の衣装で出てくるのも反時代的ではあるけれど、それをちゃんと着こなしているので面白いですよ。

 それで言うなら、僕は関ジャニ∞の持っているポテンシャルはとても大きいと思っています。先ほど言ったように、「音楽と笑い」を兼ねたグループが、日本においては「国民的」と呼ばれてきた。

ジャニー喜多川にとって、SMAPは「平成のクレージーキャッツ」だったわけで、クレイジーキャッツの遺伝子はドリフターズに、そして、SMAPへと引き継がれていった。

『SMAP×SMAP』で5人がレギュラーとしてコントとライブを両方続けてきたのは、大きな意味があった。同様のことを今のジャニーズで、最も高いレベルで両立できるのは関ジャニ∞ではないかと。

 

矢野 なるほど。その位置に関ジャニ∞が入っているということですね。

 あとはKis-My-Ft2も可能性がある。つまり、自分のやっていることを笑えるかどうか。『ジャニーズと日本』にも書かれているような、音楽、笑い、踊りが一体になったエンターテイメントを体現できる存在が、次のジャニーズを担っていくと僕は思っている。

綿々と続いてきた「音楽と笑い」の歴史

矢野 日本の芸能文化全体として見たときに、1990年代にはほとんどSMAP以外いなかったですよね。ミュージシャンがアーティストになった時代だし、お笑い芸人はお笑い芸人だった。

 1990年代のお笑い芸人といえば、まさにダウンタウンの時代だったんですよね。

矢野 ダウンタウンも音楽をやっているけれども、松本人志は明確に「お笑い芸人が音楽をやるのは良くない」と言って、昔の芸能的なあり方を批判して出てきた人ですからね。

 そうですね。松本人志はドリフターズなどそれ以前のお笑いへのカウンターとして登場してきた。ただ、一方で、浜田雅功はむしろアイコンのように小室哲哉、奥田民生、槇原敬之、中田ヤスタカと音楽を作った。ダウンタウンもねじれた形で「音楽と笑い」を体現している。

矢野 クレージーキャッツの流れで言うなら、しゃべくり漫才から出てきた爆笑問題は、爆チュー問題として太田光がサックスを吹きます。また、タモリは『ジャングルTV 〜タモリの法則〜』で1990年代に「古今東西ブラザーズバンド」としてビッグバンドを取り入れたということがありました。

 タモリはもともとジャズ育ちですもんね。

矢野 そのタモリと太田光がSMAPに対して共感を示し、解散前後で太田光が発言をして、タモリが『SMAP×SMAP』最後のビストロスマップに出演した。いずれも、「音楽と笑い」を体現してきた人たちです。結果的に振り返ると、「音楽と笑い」のラインを真正面からずっと担ってきたのはSMAPだったという事実があります。

 そう。12月19日の『SMAP×SMAP』にタモリが登場したということから、ある種の日本芸能エンターテイメントの成り立ちをプレイバックして時間を遡っていくと、ワタナベエンターテインメントを率いた渡辺晋社長が戦後の米軍キャンプでジャズをやっていたという、その地点にたどり着く。そういう到達点のひとつでもあると言えるわけですよね。

矢野 SMAPが解散して気づくことがありますよね。SMAPが見直されることで、「音楽と笑い」のラインをあらためて考え直すことができます。僕は爆笑問題のファンだから、太田光のSMAP好きはなんとなく知っていたけど、これほどまでに思い入れがあるのかと。その太田光は一方で、サザン・オールスターズにも思い入れがあります。サザンはサザンで、「音楽と笑い」に目配せしていましたよね。

日本のポピュラー音楽にはそういう「音楽と笑い」の歴史が綿々と続いていたわけです。でも、その歴史をCDの売上がダブルミリオンヒットに届いていた1990年代のみのイメージで語ると、「アーティスト」を中心とする音楽史観になってしまう。それはいち側面でしかなくて、柴さんは「そんな時代は終わった」と喝破したわけじゃないですか。ヒットは「崩壊」したわけだから。

では、何が残っているかと考えたとき、もう少し文化全体との関係から音楽を見なければいけない。マーケットやビジネスではなくてね。それは、笑いやダンスも含んだ、つまりは伝統的な意味での芸能ということです。芸能の現代的なかたちとして、それこそ、恋ダンスの現象だって見ることができるかもしれない。

SMAPの意義も、そういう文化全体を踏まえたうえで考えなくてはいけないでしょう。そのような大きな話からすると、事務所がどうしたとか、派閥がどうしたとか、本当に卑小な問題にしか思えません。