ジャニーズはなぜインターネットをガン無視するのか?

戦後日本文化の「特異点」を語る
現代ビジネス編集部 プロフィール

くるり/KREVA、森山直太朗/一青窈、そしてSMAP

 ジャニーズと日本を読んでも思いましたが、SMAPに関しては、たぶん僕と矢野さんの評価軸は違いますね。

矢野 柴さんは2000年代のSMAP、お好きですよね?

 好きです。というよりは2000年代のSMAPに90年代と違った良さを見出しているんですね。それは何かと言うと、日本語の響きです。特に『世界に一つだけの花』がリリースされた2003年には、音楽シーン全体に日本語の響きの美しさを見直そうという動きがありました。

岸田繁(くるり)、KREVA、森山直太朗、一青窈という1976年生まれの同世代アーティスト4人の世に出た時期を見ると、そのことが象徴的にわかります。

1998年にデビューしたくるりは世界中の音楽文化を旺盛に取り込むロックバンド、2001年にKICK THE CAN CREWでデビューしたKREVAはヒップホップですから、外にアンテナを張る「音楽文化の紹介者」が世に出た時期が続いていたわけです。

一方で、2002年から2003年にかけては森山直太朗や一青窈といった、日本語の美しい響きを聴かせる「和の表現者」が世に出ました。1998年から2003年までの5年間で、世の中のムードが少しずつ変わっているんです。そこでSMAPを見てみると、1998年と2003年で、やはり同じように変わっている。

矢野 1998年といえばSMAP初のミリオンヒットになった『夜空ノムコウ』ですね。『夜空ノムコウ』は『世界に一つだけの花』に続くラインのスタートにも感じますが、よく聞くとUKソウルっぽいから、1990年代の延長にもあるような気がする。

1998年は椎名林檎もデビューして、彼女はとあるFM局で日本人初のリクエスト1位になったミュージシャンでもあり、日本の音楽シーンも急にドメスティックになっていく流れですよね。

柴さんのお話は、そういう2000年代以降のドメスティック化が、森山直太朗や一青窈が受け入れられていくモードの変遷であり、そこで変化が起きていると。

 その変化に類するところはジャニーズと日本でも書かれていますね。90年代のSMAPは同時代の渋谷系のムーブメント、あるいはフリーソウルと歩みを共にしていた。でも、SMAPの偉大さはそこで終わらなかったことにあると。

矢野 そこで終わっていたら、ちょっとしたインディーズバンドと同じような存在感になってしまうわけだけど、そこからしっかり手を広げていった。SMAPが1990年代でやったことを評価するためには、2000年代をちゃんと見なければいけませんよね。

矢野利裕氏

 同感です。2000年代の話で言うと、SMAPは2005年に『Triangle』をリリースしていて、矢野さんはジャニーズと日本でもこの曲をピックアップしている。

矢野 『Triangle』はメッセージ性が強くて、スケールの大きい曲です。イラク戦争を意味しているかはわからないけれども、騒がしいイラクを見据えてSMAPは向き合っている。それに対して、1990年代のSMAPが好きな者からすれば、ちょっとした戸惑いがあった。直感的に、柴さんは『Triangle』が好きかもしれないと思いましたが、どうなんでしょうか?

 『Triangle』、『Dear WOMAN』、そこから『We are SMAP!』まで、SMAPはどんどん大きなものを背負っていった。僕がこの動きを「これはこれでひとつの美しい、時代との向き合い方だ」と再評価できたのは、実は『Joy!!』以降なんです。

『Joy!!』、『ユーモアしちゃうよ』、『華麗なる逆襲』と、2010年代のSMAPの楽曲は、作者が『Triangle』以降の「重さ」を脱ぎ捨てて、SMAPがSMAPである良さを「軽やかさ」や「ユーモア」に再び見出そうとしていたように思います。『シャレオツ』という曲名にも象徴されるように。

矢野 1990年代の姿があったからこそ、2000年代に大きなものを引き受ける存在になったという、その道筋がありますよね。

 SMAPは1990年代、2000年代、2010年代とディケイドが変わるごとに、前のディケイドでやったことを脱ぎ捨てている。

「SMAPは国民的アイドルとして平成という時代の象徴だった」と言うのは簡単だけども、それぞれのディケイドでSMAPという器に作曲家や作詞家が込めた思い、それを彼らが歌って踊ることによって体現してきた軌跡が大きいと思うんですね。

そのことが明らかになったことで、僕は『Triangle』や『Dear WOMAN』も必要なものだったと腑に落ちた。

矢野 僕の主張で言うと、国民的になっていく2000年代のSMAPは、1990年代の自由で軽やかな振る舞いに支えられていたんだと思うわけです。そうすると、国民的であるけれども、一方で自由でもいなければいけないという、引き裂かれる存在になるわけです。

この「引き裂かれ」を更新していく姿を楽しみにしていたけれども、解散になってしまった。まるで、時代に引き裂かれてしまったようです。最後は、独立を認めるだの認めないだのといった、不透明な話でポップスターを失ってしまったのは悲しい。