ボブ・ディランに負けない傑作ぞろい!2016年の海外小説ベスト12

年末年始にじっくり読みたいオススメ本
鴻巣 友季子 プロフィール

幻想的な声が響き合う3冊

8 スティーヴン・ミルハウザー『魔法の夜』柴田元幸/訳 白水社

ミルハウザーは幻想的な作風のニューヨーク作家で、邦訳も多く出ています。

『魔法の夜』は、ほぼ満月の月の照らす夏の一夜、アメリカ東海岸の南コネチカットを舞台にした美しい寓話集。『ゼロヴィル』に似て短い断章を何十と重ねていくなかに、「夜の声たちのコーラス」という章が、ときおりギリシャ劇のコロスの語りのように間に挿入されます。

人形たちが目覚める月夜は、人の欲望も目覚めさせる。14歳の少女は森に出かけ、女子高生ばかり5、6人で結成された仮面窃盗団は月下に奇妙な盗みを働き、売れない作家は少女窃盗団を待ち焦がれ、老女は月明かりの庭に出て、ヒャクニチソウの香りを吸いこむ。なにかへの憧憬が人々の胸を焼き、その火は町に燃え広がっていく。

ミルハウザーは短編小説を書く「隠れた動機」をこんなふうに表現したことがあります。「世界をまるごと表現したいなどという無茶な野心」。小さな町のひと夜に、世界が顕現する。まさに言葉の魔法を見る思いのする名作です。

9 ジュリー・オオツカ『屋根裏の仏さま』岩本正恵・小竹由美子/訳 新潮社

オオツカはカリフォルニア在住の日系一世の父と日系二世の母を持ち、元々は絵画を専攻していたそうで、彼女の小説の作風を「墨絵」に例える評者もいます。ディティールの書き込みや内面描写を排し、飾り気のない短文を重ねるスタイルが特徴なのです。

『屋根裏の仏さま』は、百年前の大戦間に、写真だけの見合いで、米国や南米の日本人移住者の元へ嫁いでいった「写真花嫁」たちの物語。

過酷な畑仕事と家事の重労働のなか、子を産み育てた名もなき女たちの日々は、「わたしたち」という一人称複数の文体で綴られ、さまざまな体験や言葉の断片がはっきりした区別なく混ざりあい、一種の集合記憶を形成しています。

数々の上質の翻訳書を世に出しファンの多かった岩本正恵さんが50歳の若さで他界したのが、一昨年。未完の訳業を小竹由美子さんが引き継ぎみごとに完成させました。

10 ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』藤井光/訳 新潮社

ダニエル・アラルコンは、いまアメリカでもピカ一の気鋭作家です。ペルー生まれで、スペイン語と英語の両方で創作します。

はっきりと場所を特定しない作品が多いのですが、この作品の舞台はおそらく作者の生まれたペルーの首都リマと、アンデス山脈の内陸のようです。内戦終結後、伝説の左翼小劇団の劇団員となる若者の物語と、この劇団の主宰者の驚くべき過去、2つのストーリーが同時に進行していきます。

語り手は、謎めいた「僕」という雑誌記者。タイトルは「夜、我らは円を描き、火に焼き尽くされる」という有名なラテン語回文から来ているのではないかと思います。明るい光にみずから吸い寄せられて焼かれてしまう夜の虫たち――危険なものに引きつけられていく人間の宿命の隠喩なのかもしれません。余韻の長い小説です。