羽生善治が訊く「山中先生、iPS細胞で人間は幸せになりますか?」

研究の現在地と未来
週刊現代 プロフィール

カネ儲けのためではない

羽生 iPS細胞は自分の細胞から作ると、コスト面や期間が相当かかると聞きました。これは技術的なブレイクスルーで解消できるのでしょうか。

山中 各患者さんからその人専用のiPS細胞を作るのが理想ですが、何千万円もかかります。多くの人が使えるようにするためには、現段階で患者さん自身のiPS細胞の使用は現実的ではありません。

その代わり患者さん以外の健康な方からiPS細胞を作り、さまざまな免疫に関係するタイプを揃えておく方法があるんです。

「HLA」といって細胞の免疫に関係するタイプが人によって違います。移植で拒絶反応が起こらないよう何万種類もの免疫のタイプを揃えるのは難しい。でも拒絶反応があまり起こらない特殊なタイプの方が稀にいらっしゃいます。そうした「スーパードナー」のiPS細胞を75種類作れば、日本人の約8割がカバーできます。

この研究所では75種類ほどのスーパードナーから作ったiPS細胞をいつでも使えるようにする計画を着々と進めています。

羽生 HLAって、骨髄移植などの時に合致するかどうかを調べるあれですか?

山中 その通りです。骨髄バンクは何十万人というHLA情報をお持ちです。私たちは日本赤十字社やさい帯血バンクの協力を得て膨大なHLA情報にアクセスし、スーパードナーを数十人見つけました。この研究所で臨床用の質の高いiPS細胞を作っています。

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羽生 ここにはiPS細胞を保管する場所が――。

山中 あります。

羽生 アメリカには、そうした細胞バンクが乱立していると聞きました。

山中 アメリカはもともと非常に多いですね。日本はできるだけ一本化を目指しています。一番大きいのは茨城県つくば市にある理化学研究所バイオリソースセンターです。

ただ、一ヵ所だと災害等で失われる可能性があるので、リスク分散のため、ここにも置いています。これは国のプロジェクトですが、ここで作った細胞のほとんどはつくばに送っています。

羽生 将来を考えた時、iPS細胞の有無が人命を左右する基本的人権のようなものになる可能性もあるのではないでしょうか。となると、公的機関が担うほうが理にかなっているのかなと思うのですが。

山中 僕もそう思います。日本はiPS細胞だけではなく、以前からある骨髄バンクやさい帯血バンクは基本的に公的機関で行っています。

羽生 なるほど。

山中 もちろん、各人に向けた有料バンクも別にあります。でも今、日本にある主なものは誰にでも提供するバンクです。僕はiPS細胞でビジネスをするよりも、この日本型を続けたいと思っています。

文/片岡義博)

下記から対談の模様を視聴できます。

「週刊現代」2016年12月31日・1月7日合併号より

京都大学iPS細胞研究所からのお願い
iPS細胞技術を用いて新たな治療法を開発し、患者さんのもとに届けるには、皆さまのご支援が必要です。研究基金への温かいご支援を賜りますよう、心からお願い申し上げます。
京都大学基金の申込フォームURLはこちらから。
羽生善治(はぶ・よしはる)
70年、埼玉県生まれ。小学1年で将棋を覚え、12歳で二上達也九段に弟子入り。'85年、15歳でプロ棋士になる。'96年には史上初の七冠制覇を達成。現在、王位、王座、棋聖の三冠を保持している
山中伸弥(やまなか・しんや)
62年大阪府生まれ。'87年神戸大学医学部卒業。研修医として勤務後、基礎研究の道へ。'06年にiPS細胞の開発成功を報告、それにより'12年、ノーベル生理学・医学賞をジョン・ガードン博士と共同受賞