時々無性に食べたくなる「町の中華食堂」が絶滅の危機!

消えゆく昭和の味、楽しむなら今だ
北尾 トロ プロフィール

つぎのオリンピックまではがんばりたい

そしてついに、日本経済がバブルへと向かう50年代後半から昭和の終わりにかけて全盛期がやってくる。

昭和20年代、30年代に創業した店の代替わり時期とも重なり、駅前から住宅街まで町中華がひしめき合うようになった。出前だけで営業が成り立つほど活況を呈したというから笑いが止まらなかったことだろう。

逆に言えば、日本の経済と歩調を合わせてきた町中華が、バブル崩壊とともに失速するのも当然のことだった。

出前が減る。独身客がより安い店に奪われる。結婚して自宅で食事するようになる。といって新しい客層はなかなかつかめない。

残るのは中高年の常連客という流れ。平成に入ってからはずっとその傾向が続き、閉めるところはあっても新規開業など滅多になくなった。この3年間、探検隊では300軒ほど回ったが、創業30年以下の店に出会ったことはほとんどない。

店主も60代なら若いほうで主流は70代。町中華の魅力のひとつは、店主のパフォーマンスが客席から丸見えのライブ感だが、80代の店主が中華鍋の重さに押され気味の場面を見ると心配で手に汗握ってしまう。

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高齢店主は「いつまでできるかねえ」と言いつつ鍋を振る。長年店をやってきて、自宅にいるより厨房が落ち着くからやめたくはない。店の歴史に幕を下ろすのは寂しい。

一方で、体力的な限界も迫っている。倒れてからでは遅いのだ。この先どうするかを語る口調は、やめるきっかけを探しているように感じられてしょうがない。

しかし、とうとうそれが見つかったようである。

「つぎのオリンピックまではがんばりたいね。そこまでやればもういいかな」

2016年に入った頃からそう語る店主が現れてきたのだ。東京オリンピックの話題がメディアを賑わせるようになったからだろう。道路の拡張工事や施設の新設など、東京は変化の時期に差し掛かっている。変貌し続ける都市にこれ以上ついていくのは大変すぎる。ならば2020年を節目に引退しようか…。

前回のオリンピック時には若くて勢いのある商売だった町中華という名の食文化が、56年後に再び開催されるオリンピックを境に役割を終えていくのだとしたら、ぼくはその最後の数年間を見届けてみたい。

そして何年後か、町中華が探してもなかなかみつからなくなったとき、ぼくが引きずっていた"昭和"にきっぱりとサヨナラできる気がする。

だって、化学調味料をこれほど駆使した食のジャンルは、もう二度と現れないだろうから。

北尾トロ(きたお・とろ)ライター。著書に『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)『猟師になりたい!』(角川文庫)『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(共著、立東舎)他多数。
なにげなく通っていた町の中華食堂。もしかして、最近数が減っている?昭和の古きよき食文化を記録するため男たちが立ち上がった!
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