『コンビニ人間』だけじゃない!2016年必読の日本小説ベスト12

年末年始に読んでおきたいオススメ本
鴻巣 友季子 プロフィール

語りの妙技

小説の命は「語り」。語りの妙味を発揮する魅力的な小説が豊作だった1年です。神話SFの傑作・川上弘美『大きな鳥にさらわれないよう』や、アパート文学の金字塔・長嶋有『三の隣は五号室』も秀逸でした。

10 吉田修一『橋を渡る』文藝春秋

「歴史は変えられるのか?」と問うスケールの大きな連作集。これまでの吉田修一にはない語りの仕掛けに驚かされました。

登場人物は各部で変わりますが、現実のできごとが彼らをゆるくつないでいる。都議会議員による「産めないのか」ヤジ騒動、iPS細胞に関する画期的研究成果、2回目の東京オリンピック開催……。表面上はつつがなく過ぎていく日常ですが、全編に、不穏な暗示や符号が散らばっています。

そして、ある部でいきなり時間は70年後の未来へ。ここに暮らす人間たちはだれか。その未来に至るまでになにがあったのか?

そこは、安全で、合理的で、人にやさしく、同時に残酷な管理社会であり、人工生命とその倫理を扱ったカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』なども想起させます。中世まで、historyとstoryはほぼ同義でした。歴史とは個々人のなかで移り変わる物語=仮象なのかもしれません。そんなことを思う一冊。

11 津村記久子『浮遊霊ブラジル』文藝春秋

これも川端康成文学賞受賞作(「給水塔と亀」)を含む短編集です。なにしろ表題作にインパクトがあります。

語り手は浮遊霊。町内会の慰安旅行でアイルランドのアラン諸島に行き損ねたおじいさんが成仏しきれず町をうろうろ。先立った奥さんを愛しているものの、女湯を覗いても気づかれないという幽霊の特権などはとりあえず行使。

とはいえ、人生(はすでに終わっているんだけど)ままならぬもの。飄々と流されていく浮遊霊の生きざま(いや、もう死んでいるんだけど)にこんなに胸打たれるのはなぜだろう。

他にも、地獄に堕ちちゃった女性二人が「つまらなすぎる愚痴をひたすら聴く」といった試練タスクのつらさをブーたれる「地獄」など、語りの妙を味わえる短編ばかりです。

12 奥泉光『ビビビ・ビ・バップ』講談社

「吾輩は猫である。」と始まるこのSFジャズミステリーの大長編、作者は『「吾輩は猫である」殺人事件』の奥泉光ですから、一筋縄ではいきません。舞台は、世界規模の「電脳大感染(パンデミック)」後の21世紀末、文体はSFの翻訳文体のみごとなパスティーシュ、語り手は猫型ロボットの「エリック・ドルフィー」です。このドルフィーがときどき夏目漱石をぱくって文学論などぶつ。

作中では、いまや冷凍精子で子どもをつくるのが一般的なAI社会となっていますが、サイバー技術により、20世紀のアナログなサブカルシーンが再現されています。スナックに集う、寺山修司や中上健次や伊丹十三(のヴァーチャル版)。夢のモダン・ジャズの競演(の再現)。

人間は人工脳だけでいつまでも生きられ、なにもかもが実体を欠く世界で起きる殺人の意味とは? 奥泉光が日本語との熱いセッションを繰り広げる、本当の意味でのジャズ小説。