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アメリカ社会に走る深刻な亀裂 〜溶けてゆく現実とコメディの境界線

最強のコメディアンもトランプに惨敗

偉大なコメディアンが晒した醜態

大統領選に敗れたヒラリー・クリントンが、ニューヨーカーホテルの大宴会場で記者会見に臨む数時間前、アメリカでは、もう一人の著名人が敗北宣言を行っていた。

アメリカのテレビ業界を牽引するコメディアン、スティーブン・コルベアは、選挙当日の11月8日、開票の様子をコメディ・タッチで報じる特別番組に主演した。

普段司会を務めるレギュラー番組「The Late Show with Stephen Colbert」において、クリントン氏への支持だけでなく、トランプ氏への反感を露わにしてきたコルベアは、自らも製作を手がけた選挙特番を地上波からケーブルテレビに移し、生放送に踏み切っていた。

多くの世論調査がクリントン氏の勝利を予測するなか、ケーブルテレビの寛容な放送コードに乗じて、トランプ氏の政治家生命にとどめを刺そうという意図が番組構成から明らかだった。

かくしてコルベアの特別番組「Stephen Colbert's Live Election Night Democracy's Series Finale: Who's Going to Clean Up This Sh*t?」は、各州で開票作業が続く東部標準時23時、トランプ氏をアメコミの悪役に見立てたアニメーションのショートビデオを皮切りに、熱狂的なファンの歓声に迎えられて開始した。

それから80分間の生中継が、コルベアの想定を大きく裏切る進行となったのは言うまでもない。

 

名実ともにアメリカのトップ・コメディアンであり、即興喜劇の名門セカンド・シティ・シアターの出身者でもあるコルベアだが、彼は次々に報じられるトランプ氏優勢のニュースに、プロのエンターテイナーとして反応することができなかった。

そしてついに、大統領選の鍵を握るフロリダ州がトランプ陣営に落ちると、コルベアはその不安な表情をカメラに向けて告白した。

「どうやって笑いにしたら良いか分かりません。それが私の仕事なのに」

偉大なるコメディアンの哀れな敗北宣言だった。

コルベアに遅れること数時間、クリントン氏が読み上げることになるスピーチは、その力強いメッセージによって歴史に刻まれるだろう。だが筆者の脳裏には、クリントン氏に比べてはるかに瑣末な存在であるはずのコルベアの敗北宣言こそが、この選挙の決定的な瞬間として焼きついたのだ。

彼はなぜ、トランプの前で非力だったのか

アメリカの大衆文化におけるコルベアの重要性を書き伝えるにあたり、差し当たって、彼がいわゆる「TIME 100」、つまりタイム誌が毎年発表する「世界で最も影響力のある100人」に二度選出されていることを記しておく。

この種のリストがあくまでも恣意的なのは言うまでもないが、そこで各国の政治家や実業家と肩を並べるコルベアが、一端のコメディアン以上の人物であることを、ひとまず示しうると思うからだ。

同時に、タイム誌によるコルベアの選出は、彼自身の腕前だけでなく、アメリカ社会におけるコメディそのものの重要性をも物語っている。

コルベアのレギュラー番組「The Late Show with Stephen Colbert」は、アメリカの大衆文化で言うところの「レイト・ナイト・テレビジョン」、つまり23時以降の深夜枠に各チャンネルで放送される、一連のコメディあるいはバラエティ番組に属している。

1940年代の「エド・サリバン・ショー」などに端を発する「レイト・ナイト・テレビジョン」は、司会役のコメディアンが著名人をインタビューする形で進行するが、そこには芸能界だけでなく、政界や実業界のゲストが登場することも珍しくない。

大統領選を控えたトランプ氏とクリントン氏も、それぞれ当然のようにゲストを務めた「レイト・ナイト・テレビジョン」は、アメリカの世論形成に重要な場として認識されているのだ。

2015年の10月にゲストとして出演したヒラリー・クリントン氏〔PHOTO〕gettyimages