戦後日本に「初詣」が定着した意外な理由〜実は最近のことだった!?

クルマの普及と交通安全祈願
畑中 章宏 プロフィール

交通安全と初詣の未来

1960年代に祈祷殿建立が集中している理由としては、なによりも自動車の増加が挙げられるだろう。

戦時中に15万台にまで減少した自動車保有台数は、1950年(昭和25)前後から増加し始める。そして55年に発売されたトヨタの「クラウン」を皮切りに、「コロナ」(57年)、「スバル360」(58年)、「ブルーバード」(59年)といった大衆向け自動車が発売され、マイカー時代が到来。自動車保有台数の増加に伴い、交通事故が急増して、「交通戦争」と呼ばれる事態が起こった。

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1946年(昭和21)には全国の交通事故発生件数1万2504件、死者4409人だったが、58年には前年の5倍の数となる10万を超える交通事故が発生し、59年には戦後最悪である約15万件の交通事故が起こり、死者が1万人を突破した。

こうした未曾有の事態が自動車祈祷に人々を駆り立て、60年代の自動車祈祷専用施設の相次ぐ建立を準備するのである。

自動車祈祷は、新車の購入が多い1、2月に集中する。新年の交通安全祈願や自動車祈祷は、加害者とも被害者ともなり、死と隣り合わせにあるドライバーにとって非常に切実なものだった。自動車がお祓いを受けるとともに、ドライバーと家族や関係者が社殿に昇り、お札やお守りを授かる。

こうした祈願行為によって、人々は社寺に対して改めて親しみを持つようになり、新年の初詣を欠かさなくなる。

また自動車祈祷を受けなくても、1960年前後から一般化した新年の交通安全祈願が、日本人が社寺に初詣に訪れるきっかけになったことは間違いないだろう。この現象は、世界大戦中の繁栄が、交通戦争で再現されたという見方もできるかもしれない。

 

真言智山派以外でも、初詣参詣者ランキングの上位には、交通安全祈願で知られる社寺が多い。大阪市住吉区の住吉大社は、祭神の住吉大神が海中より出現したことから、海の神として信仰を集め、航海関係者や漁民のあいだで崇敬されてきた。このような海上安全守護神としての性格が、交通安全の信仰に現在は結びつけられている。

同様に、福岡県宗像市の宗像大社も、祭神である宗像三女神が「道」を司る最高神とされ、航海・交通の安全祈願の神徳をうたう。神社によると1963年(昭和38)には「全国に先駆けて、車内におまつりする自動車専用の『お守り』を誕生させた」といい、現在も当時のデザインそのままの「交通安全お守り」を授与している。

意外だと思われるのが「商売繁盛」で名を馳せる伏見稲荷大社(京都市伏見区)である。

五穀豊穣、商売繁盛の神である宇迦之御魂大神と(稲荷神)ともに、交通安全・道中安全の神である佐田彦大神(猿田彦大神)を祭神にまつることから、伏見稲荷の交通安全守りやステッカーを、京都では見かけることが少なくない。

近年は若者のクルマ離れが叫ばれ、自動車関連業界では悲鳴をあげている。しかし交通安全祈願によって定着した初詣は、いまだに衰えてない。

スピリチュアル・ブームやパワースポット・ブームが、社寺参詣の敷居をかつてないほど低くし、アニメの聖地巡礼という新たな要素も加わった。しかしレジャーや趣味としての社寺参詣があきられたとき、初詣の参詣者も少なくなるのだろうか。

ここで私は想像を膨らませ、近未来の初詣のSF的なイメージを思い浮かべる。

現在、商品化に向けて具体的に動き出している「自動運転車」が、自らの意思で祈祷を受けるため、初詣に列をなす情景だ。自動車が凶器になり、死と隣接する機械であるという"霊的"情報が、ロボットカーのシステムに搭載されているかどうかはともかくとして──。

いずれにしても、世界規模の戦争、自動車の普及と交通事故の増加といった、文明文化の転変を反映してきた初詣の盛衰に、こんな将来を想像してもそんなに的外れではないと私は思うのだ。

畑中章宏(はたなか・あきひろ)
大阪府大阪市生まれ。作家、民俗学者。著書に『災害と妖怪』『津波と観音』 (以上、亜紀書房)、『柳田国男と今和次郎』『『日本残酷物語』を読む』(以上、平凡社新書)、『先祖と日本人』(日本評論社)、『』(晶文社)などがある。「WIRED.jp」で「21世紀の民俗学」を連載中。