戦後日本に「初詣」が定着した意外な理由〜実は最近のことだった!?

クルマの普及と交通安全祈願
畑中 章宏 プロフィール

自動車祈祷殿の流行

こうした自動車の普及を、信仰と結びつけることに最初に成功した寺院がある。

1934(昭和9)に建立された大阪府寝屋川市の成田山大阪別院明王院(以下、大阪別院)だ。

大阪別院も戦前は、本山である新勝寺と同様に武運長久祈願で発展を遂げたが、敗戦直後は参詣者は激減し、山内は荒廃していたという。その苦境を救ったのが、交通安全祈願であり自動車祈祷だった。

〔PHOTO〕gettyimages

大阪別院の交通安全祈願はこんな逸話から始まる。

終戦直後、原爆が投下された広島にいる息子の安否を確認するため、現地へ向かおうとする両親が、道中の車の安全祈願を希望したのが、最初の祈祷だった。

この祈祷が評判を呼んだ大阪別院では、1949年(昭和24)には自動車交通安全祈願専用の仮堂を設置。54年12月には、「自動車法楽所」を新設した。翌55年の初詣には、法楽所に向かう自動車が列をなすほどの盛況をみたという。

新勝寺でも大阪別院にならい、1952年(昭和27)年頃には自動車祈祷を行っていたとみられ、また55年頃には「成田山」のお札を業務用の自動車にまつる行為は普及していたとみられる。戦後の衰退からの脱出、初詣客の増加は、こうした新機軸の導入と結びついてのことだったのである。

門前の庭で祈祷を行っていた新勝寺でも、63年12月に1階を「自動車法楽場」とする第二信徒会館が竣工。自動車祈祷施設は、新勝寺を大本山とする真言宗智山派の寺院に波及していく。

真言宗智山派は弘法大師空海を始祖とし、興教大師覚鑁を開祖とする「新義真言宗」の一つで、総本山は京都市東山区の智積院、大本山には新勝寺、川崎大師、高尾山薬王院有喜寺(東京都八王子市)が名を連ねる。自動車祈祷施設は、新勝寺と同じ63年に川崎大師と成田山名古屋別院大聖寺(愛知県犬山市)、68年に高尾山薬王院にも建立された。

川崎大師〔PHOTO〕gettyimages

川崎大師も例年、初詣客は300万人近くを数え、全国3位、神奈川県1位を維持する。2005年(平成17)年4月には、従来の約2.7倍の規模を誇る自動車交通安全祈祷殿が落慶した。

このほか別格本山の高幡不動(高幡山明王院金剛寺・東京都日野市)にも交通安全祈願殿があり、「交通安全祈願の本山」を称している。

こうして交通安全祈願と自動車祈祷は、智山派以外の社寺にも採用されることとなり、戦後社会における宗教界復活の推進力となっていった。