まさか手作業だったとは…名車「NISSAN GT-R」のエンジン作り

至高のスーパーカーはこうして生まれる

え? 音でわかるんですか?

匠に求められるのは手先の感覚だけではない。

一般的なクルマの場合、完成したエンジンのうち、実際に〝ファイアリングテスト〟(燃焼試験)が行われるのは5~10基のうち1基程度で、残りは機械による計測で品質が確認される。

しかし、GT-RのVR38型の場合は、完成したすべてのエンジンに40リッター程度のハイオクガソリンを注入。排気管が真っ赤に熱せられるまで45分間もエンジンを回転させ、70以上の項目を確認する。

このファイアリングテストにおいて重要なのが「聴覚」だという。

「エンジンを回すときは、『音』にも気をつけています。言葉ではうまく説明できないんですが、少しでもバルブの調整が違うと、かすかに異音がするんです。匠になりたての頃はわからなかったんですが、経験を積むうちに音で判断できるようになりました」(塩谷氏)

GT-Rは日本が世界に誇るスーパーカーだ Photo by Hiroshi Takezawa

その感覚の鋭さには驚かされるばかりだが、当の塩谷氏自身は「ごく普通の人間ですよ」と、はにかむ。

「私は子どもの頃からクルマが好きで、いつも模型を作っていたんです。それで自然と自動車の世界に行きたいと思い、高校卒業と同時に入社しました。最初に担当したのは『SR型』という90年代のシルビアに搭載していたエンジン。以来、エンジン一筋で、気づけば25年が経ちました」

その口調はあくまで控えめだが、胸の内には〝プロ意識〟を秘めている。GT-Rは生産台数が年800台と少ないうえ、体調不良はエンジンの不調を引き起こしかねない。

風邪などを予防するため、自宅には加湿器を設置。休日はたっぷりと睡眠を取り、酒は全く飲まない。

「体質的にあまり飲めないからというのもあります(笑)。気晴らしというと、クルマが好きなのでやっぱりドライブですね。

走っているうちに『エンジンの調子はどうか』なんて気になることもありますが、なるべく何も考えずに運転を楽しむようにしています。あとは模型作り。これも始めるとのめり込んでしまうので、ほどほどで切り上げるように心がけています」

「匠」であることの名誉と重圧

現在、VR38型エンジンの製造は塩谷氏をはじめとする5人の匠のほか、5名の「匠候補生」も携わっているのだが、この10名はそれぞれ性別も年齢も、歩んできたキャリアもまったく異なる。

ただし、ひとつだけ共通する資質があると、前出の宮崎氏は指摘する。

「ひとことで言えば、訓練生も含めて匠は『こだわり』がとても強いんです。彼らは『規格に合っていればいい』とは考えず、自分自身が納得するまでミクロン単位の精度を追い求める。クルマづくりにかける『情熱』が極めて高いとも言えます」

エンジンに貼り付けられる匠のネームプレート Photo by Hiroshi Takezawa

そんなこだわりを持って作られたVR38型エンジンには、最後まで品質に責任を持つ「証」として、担当した匠の〝ネームプレート〟が貼り付けられる。

技術者にとってはこのうえない名誉といえるが、同時に重圧でもあると塩谷氏は明かす。

「自動車のイベント会場などで、私が製作したエンジンを使っているお客様から『すごく運転しやすいよ、ありがとう』と言われた時などはうれしいですし、誇りにも思います。ただ、名前が刻まれるということは、責任をすべて自分で背負うということでもありますから、プレッシャーのほうが大きいですね」

まぎれもなく最高のクルマ

GT-Rというと、日本を代表する〝スーパーカー〟であり、一般的なドライバーにはとても乗りこなせないのではないか、と思われる向きもあるかもしれない。

だが、実際に運転してみると、GT-Rは乗り手を選ばずに快適な走りを楽しめるクルマであることがわかる。

たとえばAモード(自動変速)で市街地を軽く流すような場合、半クラッチのうちに1速から2速へシフトアップしてくれるので、変速にともなう振動はまったく感じない。また、V型6気筒ツインターボは極めて高いトルクを発生させるので、高速道路への合流や追い越しもスムーズだ。

強力なダウンフォース(車体を地面に押さえつける空力)を発生させる車体構造のため、山道でステアリングを頻繁に切るような運転シーンでも、体が左右に揺さぶられることがない。

まるで「運転が上手くなったような感覚」をドライバーにもたらすクルマなのだ。

GT-Rは究極の走りを楽しめる Photo by Hiroshi Takezawa

「ちょっと買い物に行く時には簡単に運転できる一方で、サーキットに出れば本格的なレースカーの走りを楽しめる。GT-Rには、クルマに求められるすべての性能が盛り込まれているんです」(宮崎氏)

では、作り手である匠にとって、GT-Rとはどんなクルマなのか。

塩谷氏はしばらく考え込んだ後、ぽつりと語った。

「若い頃は、憧れのクルマのひとつでした。でも、エンジンを作るようになった今は、自分の『分身』だと思っています」

もうひとりの『自分』だからこそ、魂を込めて作り上げる――。

匠をはじめとする従業員ひとりひとりの情熱が〝技術の日産〟を支えている。

取材・文/平井 康章

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