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なぜいま中東では「独裁の復活」が起こっているのか?

大混迷の構造を読み解く
末近 浩太 プロフィール

シリア紛争の「終わりの始まり」

「アラブの春」後に泥沼の紛争となったシリアでも、「独裁の復活」が進行している。アサド政権が、一時の軍事的劣勢を挽回し、反体制諸派(あるいは民主化勢力)を圧倒しつつある。

アサド政権は、紛争の初期から同盟国であるイランの革命防衛隊と隣国のレバノンのヒズブッラー(ヒズボラ)との共同戦線を築き、反体制諸派との一進一退の激しい攻防戦を繰り広げてきた。

こうしたなか、紛争のゲームチェンジャーとなったのが、ロシアであった。ロシアは、2015年9月末、「イスラーム国(IS)」をはじめとする「テロリスト」の掃討、すなわち「テロとの戦い」を理由に、シリア紛争への直接的な軍事介入を開始した。

ロシア軍の圧倒的な航空戦力を武器に、この1年あまりの間にアサド政権は失地を次々に回復していった。とりわけ、紛争初期より激戦地となってきたシリア第2の都市アレッポの制圧(2016年12月)は、アサド政権側の軍事的優勢を国内外に印象づけることとなった。

アレッポは、2012年7月下旬、当時の反体制諸派のなかの最大勢力であった自由シリア軍が侵入したことで戦場となった。反体制諸派が東部を、アサド政権側が西部をそれぞれ支配下に置き、激しい戦闘が繰り広げられていた。

つまり、ロシアによる軍事介入は、アサド政権の反転攻勢を促すために、反体制諸派と「テロリスト」を意図的に同一視するかたちで行われたのである。

むろん、北部戦線の反体制諸派を構成する一大勢力であるシャーム・ファトフ戦線(旧ヌスラ戦線)は、アル=カーイダ系のイスラーム過激派を中心に組織されているのも事実である。

2013年以降、反体制諸派のあいだでイスラーム過激派の台頭が目立つようになった。これに対して、アサド政権とロシア軍は、「テロとの戦い」を掲げ、軍事的にも政治的にも妥協しない姿勢を示してきた。

このことは、裏を返せば、他の世俗系の反体制諸派については、アサド政権側への「取り込み(コオプテーション)」の対象となり得ることを示唆している(前線では実際に行われていると伝えられている)。

紛争はいまだ現在進行中であり、外部介入などによって軍事的な趨勢が一変する余地は残っている。また、紛争の終結に向けた和平協議やその後の政治プロセスにおけるアサド大統領の地位も依然として不透明である。

それでも、アサド政権の軍事的優勢は、少なくとも一時的には「独裁の復活」をもたらすことになるだろう(拙稿「これでわかる!『シリア内戦』の全貌」)。

サウジアラビアとイランの「冷戦」

このようなシリアにおける「独裁の復活」は、中東における二大地域大国、サウジアラビアとイランとのあいだで長年にわたって繰り広げられてきた「冷戦」にも大きな影響を及ぼしている。

それは、2011年「アラブの春」以後、「力による現状変更」を目指してきたサウジアラビアの対外政策の行き詰まりというかたちで現れた。

 

サウジアラビアとイランは、過去30年以上にわたって、それぞれが相手国を自国の安全保障上の脅威と見なしてきた。しかし、両国ともに、常に覇権的・好戦的に振る舞ってきたわけではない。

サウジアラビアもイランも、自らが「勝つこと」よりもむしろ「負けないこと」を重視し、中東において相手国の勢力が拡大するのを阻止することに注力してきた。その結果が、「冷戦」になぞらえられる、両国のにらみ合い、膠着状態であった。

しかし、2011年の「アラブの春」が、この膠着状態を崩すことになった。中東各国に生じた権力の空白と政治的混乱が、両国による「介入合戦」を引き起こしたのである。

それは、レバノンのように傀儡となる政党や政治家への働きかけのかたちを取る場合もあったが、紛争となった諸国では、それぞれが支援する勢力が軍事的に衝突する代理戦争の様相を呈した。それを象徴したのが、イエメンであり、そして、シリアであった。

サウジアラビアは、欧米諸国や他の湾岸アラブ諸国、トルコなどとともに、シリア紛争における反体制諸派を支持・支援してきた。しかし、ロシア軍の直接支援を受けたアサド政権の軍事的優勢が濃厚になることで、実質的には手詰まりとなった。

これは、逆から見れば、アサド政権を支援するイランの優勢、また、「力による現状変更」に対する「力による現状維持」の勝利を意味した。シリアの地で「介入合戦」を繰り広げた——そして、未曾有の破壊と殺戮を引き起こした——サウジアラビアとイランの対立は、再び「冷戦」への「逆廻し」を見せているのである。

振り返ってみれば、2016年の中東情勢は1月3日の両国の断交から始まった。両国が軍事的に直接衝突することなく、外交上のにらみ合いを続ける様子は、まさしく「冷戦」である。