伝説の未解決事件「三億円事件」、あの時何が起こったのか

完璧な計画か、それとも偶然か
週刊現代 プロフィール

渡辺 犯行現場に府中刑務所裏を選んだことに、反体制的な意図を感じるという意見もありますが、単に人通りが少なかったからという気もします。

永瀬 私も人目を避けるためと思ったんですが、調べてみると意外と多くの人に目撃されているんですよ。刑務所内の監視塔から事件の一部始終を見ていた人もいるんです。

渡辺 ですから、私は漫画では事件の背後に大きな陰謀があったという話を描いてはいるんですが、実のところは、そこまでの完璧な計画ではなかったんじゃないかと思うんですよね。

たとえば、犯人は事件の4日前に日本信託銀行の国分寺支店長宛に爆破の脅迫状を送っています。その騒動が事前にあったから、輸送車に乗っていた銀行員たちは「爆弾だ!」と言われて車を捨てて逃げたわけですけど、私は本当は脅迫状は事件の伏線として準備されたものではなく、単純にお金が目当ての犯行だったけれども失敗したので、三億円事件で利用しただけなんじゃないかと感じるんです。

永瀬 偶然が重なって、すべてがうまくいったことで、結果的に伝説的な事件になっていったということですか。

渡辺 未解決であることで、犯行が最初から完璧だったようなイメージが残ったんじゃないかと。

江藤 私は逆に、計算高いグループによる犯行だと考えているんですよ。

永瀬 それはなぜですか。

 

江藤 まず、この犯行には銀行内部の情報が取れる人間が必要です。

それに当時は、年末で多くの企業がボーナス用の現金を運んでいた。その中でとくに東芝府中工場の現金輸送車を狙ったのは、金額の大きさに反して警備が手薄だったことや、都心で過激派や左翼学生の運動が活発に行われていて、多摩地域にはすぐに動ける警察官が限られていたことを計算していたと思うんですね。

永瀬 たしかに、そうだとすると、非常に計算高いですね。

江藤 たとえば、左翼活動家の、それも表で闘争している学生なんかではなくて地下に潜っているような大物。それが4〜5人のグループで犯行を行ったんじゃないか。統制が取れているから事件後に「自分が犯人だ」と言い出す者もなく、カネの分配で揉めて犯行が露見するようなこともない。

渡辺 うーん、なるほど。

江藤 様々な偶然が犯人側に幸いしたのは間違いないんです。事件当日はバケツを引っ繰り返したような豪雨だった。そのために目撃者が多いのに人相は特定できず、地面などに残ったはずの証拠を消し去った。警察は、それを言い訳にすることは許されませんけどね。

永瀬 この事件は遺留品が非常に多いことでも知られていますよね。最終的に150点以上が見つかっています。それもあって、事件直後には、捜査員の多くが「年内に犯人は逮捕される」と考えていたとも言います。

渡辺 まず偽白バイ。それから、犯人が爆弾があると銀行員たちに信じ込ませるために使った発煙筒。そしてバイクが引き摺っていたカバー。このカバーの中には、犯人が犯行前に被っていたと思われるハンチング帽も残っていました。

永瀬 ところが、そのハンチング帽も鑑識が済む前に、捜査員たちが「おい、お前のサイズではどうだ」なんていって、回して被ってしまった。それで証拠の採取ができなかったと言います。

江藤 そういう初動捜査のミスが重なっているんですよね。このことは警察も認めています。

私は事件の十数年後に警察官になりましたが、新人時代の研修で、迷宮入り事件を教材にどこに問題があったかを議論し合う時間がありました。三億円事件も教材として使われたんですが、やはり初動捜査に問題があった事例として扱われています。とくに、鑑識前の現場の保全の問題点は数多く指摘されていました。