東急がつくる複合施設に人がドンドン集まる「納得の理由」

敏腕社長に独特の経営術を聞いた
週刊現代 プロフィール

平和をつなぐ「美しさ」の追求

【永遠】

失敗談もあります。入社25年目に、永年勤続表彰を受けました。この時、私が当時の社長や取締役へ謝辞を述べることになったのです。

ウチの女房も、受賞者の家族も参加する晴れの舞台だけに、あらかじめ原稿を準備し、暗記しました。その後、文章が上手な同期に添削してもらうと、素晴らしい内容に変えてくれたので、あらためて覚え直しました。そして迎えた本番、途中でふと、添削前の言葉を話してしまい、しまった、と思った瞬間―頭が真っ白になって、何も思い出せなくなったのです。

結局、胸ポケットから原稿を取り出し、続きを話しました。その間は30秒くらいでしたが、まるで永遠のように長く感じました。その後、話したいことのキーワードだけ覚えて、あとは話したいように話すといいよ、とアドバイスを受け、これが正解とわかったのですが……。実は今も挨拶は苦手です。

 

【基準】

趣味は映画や絵画を見ることでした。今は忙しくてできませんが、昔愉しんだことは生きています。たとえば歌川広重の「亀戸梅屋舗」は、枝が手前にグイッと伸びていて、奥行きがあって立体的に見えますよね。絵画によって培われた「眼」は、今でもデザインを判断する基準になっており、建物の図面やインテリアを見ると、その場で具体的な指示を出します。部下はうるさく感じるかもしれませんが。

【平和】

東急グループのスローガンが気に入っています。'72年~'86年は「人間の豊かさを求める」。「複合的な事業の組み合わせで沿線を豊かにする」というグループの動きと合致しています。

'86年には「21世紀へ豊かさを深める」。バブルが始まる時期でしたが、東急グループは'89年に文化村を作るなど「豊かさの本質とは何か」を追求していきました。そして'95年からは「美しい時代へ」。当初は「どういう意味だろう?」と思ったものですが、今は理解できます。

物質的に豊かになったため、価値観は多様化しました。しかし誰もが「美しさ」は求め続けるでしょう。ただし、それぞれが美しさを追求し、それぞれの「美しさ」を認め合う社会であるためには、平和で、かつ生活環境が豊かであることが欠かせません。当社はこれを創造します。

たとえば最近、海外にインフラを輸出しているのですが、これも世界平和につながるという思いを持っています。豊かさが実感できる社会になり、守りたいものが増えれば、人は自然と平和を求めるでしょう。

これからも当社は、美しい時代へ向かい、多くの方に幸せを届ける事業を展開していきたいと思っています。

(取材・文/夏目幸明)

野本弘文(のもと・ひろふみ)
'47年、福岡県生まれ。'71年に早稲田大学理工学部を卒業し、東京急行電鉄に入社。不動産畑を歩み、メディア事業室長等を経て、'04~'07年、イッツ・コミュニケーションズ取締役社長を務める。以降、常務取締役、専務取締役等を歴任し、'11年に取締役社長に就任。以来現職

週刊現代』2016年12月31日・2017年1月7日号より