人類はいま、大きな「時代の節目」を迎えているのか?

文明探偵の事件簿2016
神里 達博 プロフィール

抗議する身体たち

実は国内のニュースでも、今年は「身体性」に関わる論点が少なくなかった。

まず、一部企業の労働条件の劣悪さが、本格的に社会問題化したことが挙げられる。

これは広告大手「電通」の若い社員の痛ましい自殺の影響が大きく、「鬼十則」などという、前時代的な標語の存在も明らかになり、強い非難を浴びた。大がかりな調査が行われたが、今回は労働行政側の覚悟が少し違うようにも見える。

むろんそこには政策的な背景もあろうし、「ブラック企業問題」を告発する人たちのこれまでの努力によって、行政も動いたという側面もあるだろう。

だが同時に、まさに「精神主義」によって過重労働を続けるこの社会に対する、身体の側からの抗議の結果、という見方も可能ではないだろうか。

また今上天皇の生前退位の問題も、やはり身体性と深く関わる。

かつて、歴史学者のカントロヴィッチは『王の二つの身体』という書において、王には、決して死ぬことのない「政治的身体」と、生身の人間としての「自然的身体」があり、ヨーロッパ中世においては両者が結びついて機能してきたことを詳細に論じた。

今回の問題も、二つの身体の乖離、すなわち、象徴としての天皇の地位と、生身の身体を持つ今上天皇の間の齟齬が、顕在化したという捉え方は可能であろう。

実際に退位されて年号が変わることになれば、まさに日本にとっての「時代の節目」そのものであるが、制度の不備に対して具体的な異議を唱えたのが今上天皇ご自身であったということを、この社会は驚きをもって、重く受け止めているのではないだろうか。

芸能界でも…

また、通常は象徴性にのみ注目が集まるものの、現実には身体を持つ一人の人間であるという側面が改めてクローズアップされたのが、今年の芸能界であろう。

 

国民的アイドル「SMAP」の解散の経緯を、未だに多くの国民が納得していないように見える。シンボルと実体の乖離が限界を超えた結果、空中分解に至るという現象は、昔から「アイドル」という存在につきまとう「不幸」だが、年初に発覚したタレント「ベッキー」の不倫騒動と、それに伴う強いバッシングなども併せて考えてみると、身体性をめぐる矛盾がこの社会においてさらに加速しているともいえるのではないか。

さらに元プロ野球選手・女優・ミュージシャンの逮捕など、薬物汚染の拡大も今年の注目ニュースの一つであろう。

そもそも麻薬とは、精神状態を技術的にコントロールする手段であり、その結果、身体そのものが大きく損なわれるという結果をもたらす。その意味で、きわめて精神主義的な傾向をもっており、まさに身体を軽視する存在である。

このほか、2016年に限ったことではないが、近年の音楽シーンにおけるライブ重視の傾向や、参加型ツアーの盛況など、「体験を売る」ビジネスに支持が集まっていることも、同じ文脈で理解できるだろう。

世界のバーチャル化が進めば進むほど、身体を投じることの価値が高まるというパラドックスは、都市の在り方や生活空間の構造を、じわじわと変貌させつつあるのだ。

そう考えると、小池都知事が「満員電車解消」を公約に掲げたことも、「身体の限界」を超えているという点で地続きではないか。

家畜だったら死んでしまうとさえ言われる、異常な高密度・長距離の鉄道運行が、主として首都圏では常態化している。だが、「痛勤」がどれだけ私たちが本来持っているであろうパワーを奪っているか、私たちはそろそろ、真剣に考え始めるべきかもしれない。

今年も熊本をはじめとして、大きな地震の被害があったが、不思議と首都を襲う大きな地震だけは、長い間、来ていない。地殻変動期に入ったとも言われる日本列島で、一極集中を続けることの危うさについても、私たちの「身体」が、それを直視するよう求めているように思えてならない。

* * *

以上のように、2016年は、長いこと蔑ろにされてきた私たちの「身体」が、猛然と異議申し立てを始めた年、という風にも、見えるのではないか。

もしそうだとすれば、これは、大きな時代の節目であろう。皆さんはどう捉えただろうか。

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