2.26事件の10ヵ月後、クリスマスの銀座は底抜けの騒ぎだった

詩人・萩原朔太郎はこう見ていた
堀井 憲一郎 プロフィール

詩人・萩原朔太郎の観察

この年、詩人の萩原朔太郎が、以下の文章を朝日新聞に寄稿している。

「クリスマスの悲哀 萩原朔太郎

クリスマスで町がにぎわっている。キリスト教徒でもない日本人がクリスマスを祝祭するとは何事だろう。昔の僕はムキになって腹を立てて、百貨店の前で「このタワケモノめ等」と怒鳴りつけた。しかし今では、こんな現象にさえも、特殊の必然性を認めるようになって来た。

といふわけは、元来お祭好きの日本人が、今日の民衆的祭日さえも無く、その点で寂しがっていることを知ったからだ。西洋には謝肉祭とか花祭とかいう、年中行事のお祭があり、民衆がこぞって宴楽し、以て生活の憂苦を忘れるのだ

日本にはこんな風に民衆の享楽する祭りの日はない。それでも下町の町家や職人等には、神田祭や山王祭があるけれども、学生やサラリーマン等の知識階級が、一所に山車をひいて騒ぐわけに行かない。

僕は昔、森鴎外の即興詩人をよみ、大学生や知識階級の人々が、市民に伍して宴会するヴェニスの謝肉祭を羨望した。知識階級というものがなかった江戸時代は神田祭等が民衆全般の祭日で、西洋の謝肉祭みたいなものだったろう。

しかるに今日の日本には、そうした国民的祭日がないのである。サラリーマン等がクリスマスに浮かれるのは、彼等の「失われた祭日」を回復する為の郷愁であり、まことに悲しい現代日本の悪文化表象であり、それの皮肉な諷刺画でもある」(1936年12月25日掲載。表記は一部あらためた)

サラリーマンや知識人の哀しい祭りとして、クリスマスは存在しているのだ、という詩人の観察である。鋭く当時の世相を切り取っているとおもう。

ただ、この哀しい悪文化さえも、この1936年かぎりとなった。

日本の社会は1937年から一変する。

(第19回はこちら http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50567