2016.12.23

2.26事件の10ヵ月後、クリスマスの銀座は底抜けの騒ぎだった

詩人・萩原朔太郎はこう見ていた
堀井 憲一郎 プロフィール

2.26事件から10ヵ月後

1936年になると、時局は非常時に近づいてくるのではあるが、しかしまだ何ら規制がかかっているわけではない。クリスマスはふだんどおりである。

1936年12月12日の記事。

「メリイ・クリスマス 街頭では商策の一手とあるが 家庭は楽しい童話の夜」

「教会、日曜学校ではすでに降誕節の催し物の準備を進めて居る。そして、ホテル、バー、喫茶店ではクリスマス夜会券の売出しだ、クリスマスこそ年末の賑やかな景物詩、新春の前奏曲だ。

『クリスマス』は十二月二十五日のキリスト降誕を祝うキリスト教徒の祝祭日だが、日本のクリスマス景気は十月頃に始まる。五色の豆電球、百合の根、装飾品など、横浜、神戸の港から外国のクリスマス用に続々と積み出される」

「わが国のクリスマスの近代化はバー、カフェー、喫茶店、ダンスホールへの進出だ。夜会と称していろんな催し物を来ない、ボーナスにふくらんだ諸君の財布を軽くしようという商策でもとより宗教的に意義はなく、天の神様も嘆くであろう行事だが、クリスマスの催し物のうちでもっとも賑やかなものとなつて来た。

かくて、営業者と従業員諸君にはよいクリスマスであり、酒の酔いさめ果てたのちのお客にとつては嘆きのクリスマスでもある」

森永製菓の「クリスマスの集い」も第9回となり、日比谷公会堂で盛大に開かれている。入場料はおみやげ付一人50銭。松竹レヴューに柳家金語楼の落語、映画は『踊る鶏』『ミッキー坊やが盗まれた』『ポパイの冒険談』『パラマウントニュース』その他と盛りだくさんである。1928年生まれのミッキーマウスはすでに日本で人気である。明治屋の広告にも出ている。

12月22日には阿部定に温情判決が下され、23日は三回目の皇太子殿下の御誕辰とあってクリスマスを迎える。25日は当時大人気の子役シャーリー・テムプルちゃんのクリスマス写真が大きく掲載されている。

クリスマスはやはり賑わっている。12月25日の記事。

「もみくちゃXマス・イヴ」

「廿四日宵、いわゆる「クリスマス・イヴ」である、この宵、カフェでは怪しげな紙製の帽子を出し、人はこれを冠って酒を呑んだり、踊ったり、散歩したりする。

インドアー・クリスマスの豪華版は帝国ホテルの夜宴。星空クリスマスの混乱は銀座舗道、銀座八丁、明るい宵の一刻、華やかなクリスマス飾りの下に押し出した人並み、空っぽなのは電車の中だけというありさま、この人並みの中には反キリスト派のやけくそクリスマスというやつも交じっているらしい。

何れにしても到るところ「キリストの降誕」などは遥か彼方に置いてけぼりにした底抜け騒ぎであった。(写真は銀座の雑踏)」

カフェーで配られた紙のとんがり帽をかぶり、銀座を彷徨する人多数、銀座八丁の通りは大混雑で、電車(路面電車市電のことだとおもう)はからっぽ、反キリストのやけくそクリスマスというのはよくわからないが、1936年(昭和11年)の帝都の12月24日は「底抜け騒ぎ」を繰り広げていたわけである。

10ヵ月前、2月26日に青年将校の反乱によって戒厳令が敷かれた帝都においても、そのような動きとは無関係に底抜けの騒ぎが繰り広げられている。

2.26事件の10ヵ月後の銀座クリスマスは「とんがり帽をかぶり、クリスマスデコレーションの下に多くの人があつまり底抜けの騒ぎを繰り広げ、ただ市電だけがひっそりしていた」という風景も覚えておいたほうがいいとおもう。

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